「数学は暗記だ」「暗記数学」という表現は、受験勉強や学習法の議論でたびたび登場します。しかし一方で、この言葉は誤解を招くため安易に使うべきではないという意見もあります。では、認知科学や医学の研究が存在することから直ちに「暗記数学という言葉を使ってはいけない」と結論づけることはできるのでしょうか。本記事では、言葉の定義と論理のつながりに着目して考察します。
「事実」と「言葉の使用」は別の問題
議論で混同されやすいのが、「学習に関する研究結果」と「どの言葉を使うべきか」という問題です。
例えば、ある論文が「数学の習熟には記憶が重要な役割を果たす」と示していたとしても、それだけで「暗記数学という表現を使うべきだ」あるいは「使ってはいけない」という結論にはなりません。
研究結果が正しいことと、その内容をどの言葉で表現するかは別の論点だからです。
論理が飛躍していると感じられる理由
「暗記数学という言葉を安易に使ってはいけない」という主張に対して、「それは医学的に誤りだ」と反論する場合、両者の間をつなぐ論理が必要になります。
例えば、「暗記数学という言葉が学習者に誤解を与える」という主張を否定したいなら、その誤解が実際には起きないことを示さなければなりません。
しかし単に「記憶は学習に重要である」という研究結果だけでは、「誤解を招く表現ではない」という結論までは導けません。
「暗記数学」という言葉はどのように使われてきたのか
受験指導の世界では、「数学は暗記科目だ」という表現がしばしば用いられてきました。
ただし、この場合の「暗記」は公式や答えを丸暗記するという意味ではなく、典型解法や考え方のパターンを身につけるという意味で使われることが少なくありません。
実際に受験指導者の中には、「暗記数学とは答えの丸暗記ではない」「数学で考える必要がないという意味ではない」と繰り返し説明している人もいます。
つまり、言葉そのものではなく、その定義や文脈が重要になります。
なぜ誤解が生じるのか
「暗記」という言葉には一般的に「意味を理解せず覚える」というイメージがあります。
そのため、「数学は暗記だ」という表現だけを聞いた人が、「数学では考える必要がない」と受け取る可能性があります。
一方で、発言者が「解法パターンの蓄積」という意味で使っていた場合、両者の間に認識のズレが生じます。
このような事情から、「安易に使うべきではない」という意見が生まれることがあります。
対象者によって受け取り方は変わる
同じ表現でも、聞き手によって理解のされ方は異なります。
例えば、受験経験が豊富な上位層の生徒であれば、「暗記数学」が単なる丸暗記を意味していないことを理解できるかもしれません。
しかし、数学学習の初期段階にいる生徒は、その言葉を文字通り受け取る可能性があります。
そのため、言葉の適切性を議論する際には、発言内容だけでなく対象者や文脈も考慮する必要があります。
まとめ
「暗記数学」という言葉を安易に使うべきではないという主張と、「学習には記憶が重要である」という研究結果は、必ずしも同じ論点ではありません。研究結果が正しいことから直ちに言葉の適切性が決まるわけではなく、その間には追加の論理が必要です。
また、「暗記数学」という表現は、文脈によっては有効な説明にもなりますが、誤解を招く可能性もあります。重要なのは言葉そのものではなく、その定義や補足説明、そして聞き手の理解度を踏まえて議論することだと言えるでしょう。

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