古典文学の『紫式部日記』では、御局からの記述において、行動の主体や敬語の使い方が複雑で、読者にとって解釈が難しい場合があります。特に「奉らせ給ふ」という表現は、誰が誰に対して行った行為かを理解する上で重要です。
「奉らせ給ふ」の基本的意味
「奉る」は尊敬語で、物や文書などを高貴な人に差し上げることを表します。「せ給ふ」は補助動詞で、尊敬や自発・使役の意味を添えます。したがって、「奉らせ給ふ」は単純に『差し上げさせなさる』という敬意を込めた表現です。
文脈上の主体と受け手
問題の文では「御書どもをめでたう書かせ給ひてぞ、殿は奉らせ給ふ」とあります。ここで「書かせ給ふ」は道長が誰かに文書を書かせることを指し、「奉らせ給ふ」は、道長自身が(または道長の命により)その文書を天皇や彰子に差し上げさせる意味です。したがって、主体は道長、受け手は彰子や天皇、記述者は紫式部となります。
作者と登場人物の視点
紫式部は日記の語り手として、道長の行動を観察し記録しています。そのため、「奉らせ給ふ」は紫式部が記録した道長の行為を説明している構造です。読者は作者視点で、道長→彰子(または天皇)の流れを理解する必要があります。
まとめ
「奉らせ給ふ」は道長が彰子や天皇に文書を差し上げさせることを示す表現であり、日記中の作者である紫式部はその行為を記述しているだけです。つまり、主体は道長、行為の対象は彰子や天皇、語り手は紫式部、という三者の関係で理解するのが正しい読み方です。


コメント