商空間と直交補空間の同型から見る誘導写像|不変部分空間・ブロック行列・補空間依存性を徹底解説

大学数学

有限次元ベクトル空間における商空間 V/W は、部分空間 W をつぶして考えるための重要な構成です。内積が与えられている場合、V/W と直交補空間 W^⊥ を自然に同一視できるため、商空間上の線形写像を具体的な部分空間上の写像として理解したくなることがあります。

しかし、この同一視を行ったときに現れる写像は、単純な T の W^⊥ への制限とは一般には一致しません。商空間の構造と、ある補空間への具体的な表現には重要な違いがあります。

この記事では、内積による V/W≅W^⊥ の意味、誘導写像と射影を用いた表現の関係、自己共役の場合の性質、固有値や特性多項式の分解、さらに一般の補空間の場合における相似性まで順に解説します。

商空間 V/W と直交補空間 W^⊥ の同型とは何か

有限次元内積空間 V と部分空間 W を考えます。このとき V は直交分解によって V=W⊕W^⊥ と書くことができます。

任意の v∈V は一意的に v=w+u(w∈W,u∈W^⊥)と分解できます。このとき剰余類 v+W は u+W に等しく、u は W^⊥ の元として一意に決まります。

したがって写像 φ:V/W→W^⊥ を φ(v+W)=P_{W^⊥}(v) と定めることで、商空間と直交補空間の自然な同型が得られます。

ここで重要なのは、この同型はベクトル空間としての対応であり、T がそのまま W^⊥ に作用することを意味しているわけではないという点です。

誘導写像 T_bar と直交補空間上の表現の違い

T:V→V が W を不変にする、つまり T(W)⊂W を満たす場合、商空間上には自然に誘導写像 T_bar:V/W→V/W が定義できます。

T_bar(v+W)=T(v)+W

これは代表元 v の選び方によらず定まります。なぜなら、v と v+w(w∈W)は同じ剰余類を表し、T(v+w)=T(v)+T(w) であり、T(w)∈W だからです。

一方、W^⊥ 上の写像として表現するには、上記の同型 φ を使って S=φ∘T_bar∘φ^{-1} と定義します。

具体的に計算すると、x∈W^⊥ に対して S(x)=P_{W^⊥}(T(x)) となります。

つまり質問で考えられている S=P∘T|_{W^⊥} は正しく商空間上の誘導写像に対応します。ただし、これは T(x) そのものではなく、W 成分を捨てて W^⊥ 成分だけを取り出したものです。

S と T|_{W^⊥} が一致する条件

S=P_{W^⊥}∘T|_{W^⊥} と T|_{W^⊥} が一致するための条件は、T(W^⊥)⊂W^⊥ です。

実際、任意の x∈W^⊥ に対して T(x) がすでに W^⊥ に入っているならば、直交射影をしても何も変化しません。

逆に S(x)=T(x) がすべての x∈W^⊥ で成立するならば、T(x) は射影によって変化していないため、T(x)∈W^⊥ でなければなりません。

したがって、

T|_{W^⊥}=S ⇔ T(W^⊥)⊂W^⊥

が必要十分条件になります。

自己共役作用素なら直交補空間も不変になるのか

T が自己共役、つまり ⟨Tx,y⟩=⟨x,Ty⟩ を満たす場合には、W の不変性から W^⊥ の不変性が導かれます。

x∈W^⊥ と y∈W を取ります。このとき、

⟨Tx,y⟩=⟨x,Ty⟩

となります。ここで Ty∈W です。なぜなら W は T によって不変だからです。

x は W^⊥ に属するため、⟨x,Ty⟩=0 になります。したがって ⟨Tx,y⟩=0 であり、すべての y∈W に直交します。

よって Tx∈W^⊥ となり、T(W^⊥)⊂W^⊥ が成立します。

つまり自己共役作用素の場合は、商空間上の作用と W^⊥ 上への制限作用が一致します。

ブロック行列表示と商空間の固有値

V の基底を W の基底、続いて W^⊥ の基底という順番で取ります。このとき T(W)⊂W ならば、T の行列表現はブロック三角行列になります。

例えば列ベクトルを作用させる通常の流儀では、

T=[[A,B],[0,C]]

のような形になります。

A は W 上への制限 T|_W を表し、C は商空間 V/W 上の誘導写像 T_bar に対応する部分です。

したがって、T_bar の固有値は下側の対角ブロック C の固有値になります。

ブロック三角行列の特性多項式は対角ブロックの積になるため、

det(λI-T)=det(λI-A)det(λI-C)

となります。

これは基底に依存した計算結果に見えますが、本質的には短完全列

0→W→V→V/W→0

が T と可換することによって保証されます。

つまり T の作用は W 上の作用と商空間上の作用に分解され、固有多項式もそれぞれの寄与の積になります。

補空間を選んだ場合に表現が変わる理由

内積がない一般の有限次元ベクトル空間では、W^⊥ は存在しません。その代わり、補空間 U を選んで V=W⊕U と表します。

この場合、自然な同型 V/W≅U は存在しますが、U の選択は一般には一意ではありません。

例えば V=R²、W が x 軸の場合、補空間として y 軸を選ぶこともできますし、斜めの直線を選ぶこともできます。

それぞれの補空間上に T_bar を表現すると、行列は異なる形になります。しかし、これらはすべて同じ抽象的な線形写像 T_bar を表現しているため、基底変換によって互いに相似になります。

具体的には、二つの補空間 U と U’ に対して同型写像 f:U→U’ を、商空間への射影を通じて定義すると、

f∘T_U=T_{U’}∘f

が成立します。

したがって、T_U と T_{U’} は相似であり、固有値やジョルダン構造などの不変量は変化しません。

商空間の普遍性と完全列による理解

商空間 V/W の本質は、W の元をすべてゼロとして扱う最も自然な線形空間を作ることです。

射影 π:V→V/W に対して、π(w)=0(w∈W)となります。この性質により、W を消す任意の線形写像は一意的に V/W を経由して分解できます。

つまり、線形写像 T が W を不変にするという条件は、次の図式を成立させる条件です。

V → V
↓  ↓
V/W → V/W

この普遍性こそが、補空間や直交補空間よりも商空間を本質的な対象にしている理由です。

補空間による表現は便利な具体化ですが、誘導写像そのものは補空間の選択に依存しません。

まとめ

内積空間では V/W と W^⊥ を自然に同一視できますが、そのとき商空間上の誘導写像は一般に T の W^⊥ への単純な制限ではありません。

対応する写像は直交射影を用いた P_{W^⊥}∘T|_{W^⊥} であり、これが制限写像と一致するのは W^⊥ が T によって不変な場合です。

特に T が自己共役ならば W の不変性から W^⊥ の不変性も従うため、商空間上の作用は直交補空間上の制限として理解できます。

また一般の補空間では表現は変化しますが、すべて同じ商空間上の線形写像を表しているため相似になります。商空間の誘導写像は補空間の選択ではなく、完全列と普遍性によって定まる本質的な構造です。

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