『源氏物語』の「荻の上露」は、紫の上の最期に近い場面として知られており、彼女と中宮のやり取りには深い心理描写が込められています。特に「今は渡らせ給ひね」という言葉は、一見すると「もうお帰りください」という冷たい表現にも読めるため、その真意について疑問を持つ人も少なくありません。
しかし、この場面は単純に相手を拒絶しているのではなく、紫の上自身の苦しみと、中宮への気遣いが複雑に重なった発言として読むことができます。
この記事では、「今は渡らせ給ひね」という言葉の意味や、紫の上がなぜ中宮に帰ってほしいと伝えたのか、その心理を当時の宮廷文化や人物関係から考察します。
「今は渡らせ給ひね」の現代語での意味
「今は渡らせ給ひね」は、直訳すると「もうお帰りになってください」という意味になります。「渡る」は当時の貴人の移動を表す敬語であり、「渡らせ給ふ」は相手への高度な敬意を含んだ表現です。
そのため、この言葉だけを見ると「中宮に対して帰ってほしいと言っている」と受け取れます。しかし、重要なのは、この言葉が発せられた状況です。
紫の上は病が重く、自分の弱った姿を中宮に見せている状態でした。そのため、この発言には単なる拒絶ではなく、「これ以上このような姿をお見せするのは申し訳ない」という思いが含まれていると考えられます。
紫の上は本当に中宮を邪魔だと思っていたのか
紫の上と中宮の関係を考えると、「相手をするのが苦しいから帰ってほしい」というだけの意味に解釈するのは不自然です。
紫の上は、源氏物語の中でも特に優雅で思いやりのある人物として描かれています。相手の立場や気持ちを考える人物であり、中宮という高貴な存在に対して無礼な態度を取ろうとしたとは考えにくいでしょう。
むしろ、自分が苦しみ弱っていく姿を見せ続けることが、中宮にとってつらいことであると考えた可能性があります。
病に苦しむ姿を見せたくないという紫の上の配慮
平安時代の貴族社会では、姿や振る舞いの美しさ、品格が非常に重視されていました。特に女性の場合、病気や衰弱した姿を人に見せることは、現在とは異なる意味を持っていました。
紫の上にとって、中宮は単なる見舞い客ではなく、尊敬すべき高貴な人物です。その相手に対して、自分の苦痛に満ちた姿を長く見せることは避けたいという気持ちがあったと考えられます。
つまり「帰ってください」という言葉は、「あなたがいると苦しい」という意味ではなく、「あなたにこれ以上心配をかけたくない」という優しさから出た言葉と読むことができます。
「いとなめげに侍りや」に込められた自責の気持ち
続く「言ふかひなくなりにけるほどと言ひながら、いとなめげに侍りや」という部分も、紫の上の心情を理解する重要な手がかりになります。
「言ふかひなくなりにけるほど」は、「もうどうしようもないほどの状態になってしまったこととはいえ」という意味です。そして「いとなめげに侍りや」は、「たいへん失礼なことでございます」というニュアンスになります。
ここで紫の上が感じているのは、中宮への怒りや拒絶ではなく、自分がこのような姿をさらしていることへの申し訳なさです。
「こんな状態の私を見せてしまって申し訳ありません。だから、もうお帰りください」という、相手を思いやる気持ちが表れていると考えられます。
紫の上の最後の場面に表れる人物像
紫の上は、物語を通じて自分の苦しみよりも周囲への配慮を優先する人物として描かれています。
病床にあっても、自分のために訪れてくれた中宮への感謝を忘れず、相手に不快な思いをさせないように振る舞っています。
そのため、「今は渡らせ給ひね」は冷たい別れの言葉ではなく、最後まで相手を気遣う紫の上らしい優しさが表れた言葉だと解釈できます。
まとめ
『源氏物語』「荻の上露」における「今は渡らせ給ひね」は、単純に「あなたの相手をするのが疲れたので帰ってください」という意味ではありません。
紫の上は、自分の病状が悪化した姿を中宮に見せ続けることを申し訳なく思い、相手への配慮から退出を促したと読むことができます。
この一言には、死を目前にしてもなお相手の心を思いやる紫の上の人柄が表れており、『源氏物語』が描く繊細な人間心理の魅力が感じられる場面です。


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