『宇治拾遺物語』などの古文を読む際には、助動詞「む」や断定の助動詞「なり」の識別が重要になります。同じ「む」でも文脈によって意味が変わり、単純に形だけで判断すると現代語訳を間違えてしまうことがあります。
この記事では、「この死にたる親を出さむに門悪しき方に向かへり」や「門よりこそ出すべきこそにてあれ」といった表現をもとに、助動詞の意味や接続について詳しく解説します。
「この死にたる親を出さむに」の「む」の意味
「この死にたる親を出さむに」の「む」は、形だけを見ると「未然形+む」なので、意志・推量・仮定など複数の可能性があります。
「出さむ」は動詞「出す」の未然形「出さ」に助動詞「む」が付いた形です。そのため、「出そう」「出すだろう」「出すとしたら」などの意味になる可能性があります。
この部分では、「死んだ親を外へ出そうとする」という行動を表しているため、参考書の訳である「送り出そうとするが」という意志の意味で取るのが自然です。
「むに」は仮定ではなく意志を表す場合がある
「むに」という形を見ると、「もし〜ならば」と仮定条件で訳したくなることがあります。しかし、古文の「む+に」は必ず仮定になるわけではありません。
今回の文章では、主語が人であり、これから自分が行おうとしている動作を表しています。そのため「出そうと思っているところで」「送り出そうとすると」という意志の意味になります。
例えば、「都へ行かむと思ふ」という文なら「都へ行こうと思う」と訳します。このように、主体が自分の行動を決めている場合は意志になることが多いです。
「む」の意味を判断するポイント
助動詞「む」の意味を判断するときは、形だけではなく主語や文脈を見ることが大切です。
| 意味 | 判断ポイント | 例 |
|---|---|---|
| 意志 | 主語が一人称で自分の行動を表す | 行かむ(行こう) |
| 推量 | 主語が三人称や自然現象など | 雨降らむ(雨が降るだろう) |
| 仮定 | 「もし〜ならば」と条件になる | 知らずは言はむ(知らないなら言おう) |
今回の場合は「親を出す」という具体的な行動を起こそうとしている場面なので、仮定よりも意志として読む方が文章の流れに合います。
「この場合の『に』は接続助詞か」について
「出さむに」の「に」は、単純な接続助詞として考えるよりも、助動詞「む」の連体形に格助詞「に」が付いた形と考えるのが一般的です。
古文では「む+に」で「〜しようとして」「〜する時に」という意味になることがあります。この場合も「親を出そうとする時に」というような意味になります。
つまり、「むに」という形だけを見て仮定条件と判断するのではなく、後ろの内容との関係を見ることが重要です。
「門よりこそ出すべきこそにてあれ」の「にてあれ」
次に「門よりこそ出すべきこそにてあれ」の文法を確認します。
「にて」は、断定の助動詞「なり」の連用形「に」に接続助詞「て」が付いた形です。現代語の「〜であって」「〜でいて」に近い意味になります。
そのため、この部分の分析は「断定の助動詞『なり』の連用形+接続助詞『て』」という理解で問題ありません。
「こそ〜にてあれ」の係り結びにも注意
「門よりこそ出すべきこそにてあれ」では、「こそ」が使われています。
古文では係助詞「こそ」がある場合、文末は已然形になります。ここでは「あり」の已然形「あれ」が対応しており、「こそ〜あれ」という係り結びの形になっています。
「こそ」は強調を表すため、「まさに門から出すべきものである」というような強い断定のニュアンスになります。
まとめ|古文の助動詞は形だけでなく文脈で判断する
『宇治拾遺物語』の「この死にたる親を出さむに」では、「む」は仮定ではなく、これから行おうとする動作を表す意志として読むのが自然です。
また、「むに」は必ず仮定を表すわけではなく、「〜しようとして」「〜する時に」という意味になる場合があります。
「門よりこそ出すべきこそにてあれ」の「にて」は、断定の助動詞「なり」の連用形+接続助詞「て」であり、「こそ」による係り結びで「あれ」が使われています。
古文読解では、助動詞の形を覚えるだけではなく、誰が何をしようとしているのか、文章全体の流れを見ることが正確な現代語訳につながります。


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