「どうやら来るようである」という表現は、現代文や古典文法の学習で品詞分解に迷いやすい表現の一つです。特に「ようで」の部分は、助動詞「ようだ」の一部なのか、それとも形式名詞「よう」+助動詞「だ」なのか判断に悩むことがあります。この記事では、「どうやら来るようである」の正しい品詞分解と、「ようだ」の成り立ちについて詳しく解説します。
「どうやら来るようである」の基本的な品詞分解
「どうやら来るようである」は、次のように品詞分解できます。
| 語 | 品詞 | 説明 |
|---|---|---|
| どうやら | 副詞 | 確かな根拠はないが、そうらしいという意味を表す |
| 来る | 動詞 | カ行変格活用ではなく、カ行五段活用の動詞 |
| よう | 形式名詞 | 様子・状態を表す名詞 |
| で | 助動詞「だ」の連用形 | 断定の助動詞 |
| ある | 動詞 | 存在を表す動詞 |
したがって、「どうやら来るようである」は「どうやら/来る/よう/で/ある」と分けることができます。
学校文法では、この場合の「よう」は形式名詞として扱うのが一般的です。つまり、「ようで」が一つの助動詞「ようだ」の活用形というより、「形式名詞+助動詞」の組み合わせと考えます。
「ようだ」は助動詞ではないのか
現代語の文法では、「ようだ」を一つの助動詞として説明する場合もあります。しかし、詳しく見ると「よう」はもともと名詞であり、そこに助動詞「だ」が付いた形から発展した表現です。
例えば、「彼は学生のようだ」という文では、「学生の様子・状態である」という意味から、「よう」が比況や推定を表す形式的な働きをするようになっています。
そのため、辞書や文法体系によっては「ようだ」を助動詞としてまとめて扱うこともありますが、学校の品詞分解では「よう」を形式名詞、「だ」を助動詞として分けることが多くなっています。
「ようである」の「で」は何の働きか
「ようである」の「で」は、助動詞「だ」の連用形です。「だ」は断定を表す助動詞で、活用すると以下のようになります。
| 活用形 | 形 |
|---|---|
| 未然形 | だろ |
| 連用形 | だっ・で |
| 終止形 | だ |
| 連体形 | な |
| 仮定形 | なら |
「ようである」の場合は、「ようだ」に「ある」が続く形なので、「だ」が連用形の「で」になっています。
例えば、「彼は元気だ」という文では「だ」は終止形ですが、「彼は元気である」という文では「で」となり、後ろの「ある」につながっています。これと同じ仕組みです。
「どうやら来るようである」の意味を確認する
「どうやら来るようである」は、「どうやら来るらしい」「どうも来ると思われる」という意味になります。
ここでの「よう」は、実際に来る場面を直接確認したのではなく、状況や情報から判断していることを表しています。
例えば、「外に車が止まっている。誰かが話している声もする。どうやら彼が来るようである」という場合、直接本人が来るところを見ていなくても、状況から推測しているため「よう」が使われています。
「ようだ」「ようである」を品詞分解するときのポイント
「ようだ」を見たときに重要なのは、文法上の扱いが二通りあることを理解することです。現代語の表現としては「ようだ」を一つの助動詞のように説明することがありますが、細かく品詞分解する場合は「よう(形式名詞)+だ(助動詞)」と考えます。
特に「ようである」「ようになる」「ようにする」のように後ろに別の語が続く場合は、「よう」を独立した形式名詞として考えると文の構造が分かりやすくなります。
例えば、「雨が降るようになる」では「雨が降る状態になる」という意味であり、「よう」が状態を表す名詞として働いていることが分かります。
まとめ|「どうやら来るようである」は形式名詞+助動詞で考える
「どうやら来るようである」の品詞分解は、「どうやら(副詞)・来る(動詞)・よう(形式名詞)・で(助動詞だの連用形)・ある(動詞)」となります。
「ようで」を助動詞「ようだ」の一部として考えることもありますが、学校文法の細かな品詞分解では、形式名詞の「よう」と助動詞「だ」に分けるのが基本です。
「ようだ」は日本語の中で長く使われるうちに一つの表現として定着したため、文法書によって説明が異なる場合があります。品詞分解では、その文の中で「よう」がどのような役割をしているかを見ることが大切です。


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