夏目漱石の『吾輩は猫である』を読んでいると、現代の日本語とは少し違う言い回しに出会うことがあります。その中でも「主人の話しによると仏蘭西にバルザックという小説家があったそうだ。」という一文は、「小説家がいたそうだ」ではないのかと疑問に感じる人も多い表現です。
しかし、この「小説家があったそうだ」という表現は、当時の日本語として不自然なものではありません。この記事では、なぜ漱石が「いた」ではなく「ある」を使ったのか、その理由を文法や明治時代の言葉遣いから解説します。
「小説家があったそうだ」は間違った表現なのか
結論から言うと、「小説家があったそうだ」は夏目漱石の時代には成立していた表現であり、単純な誤用ではありません。
現代の日本語では、人や動物の存在には「いる」、物や出来事の存在には「ある」を使うのが基本です。そのため、現在の感覚では「小説家がいたそうだ」と言う方が自然に感じられます。
しかし、昔の日本語では「ある」が現在よりも広い意味で使われており、人間の存在を表す場合にも用いられることがありました。
明治時代の日本語では「ある」が人にも使われていた
「ある」はもともと「存在する」という意味を持つ言葉で、古い日本語では人間にも使われていました。現代では「ある」と「いる」の役割が明確に分かれていますが、昔はその境界が現在ほど厳密ではありませんでした。
例えば、古典文学では「昔、ある人ありけり」のように、人を指して存在を表す表現が登場します。「ある人」は「存在する人」という意味であり、決して物扱いしているわけではありません。
漱石が活躍した明治時代には、こうした古い日本語の感覚がまだ残っていました。そのため、「バルザックという小説家があった」という表現も当時の文章として理解できます。
「小説家があった」はバルザックを物として扱っているわけではない
この表現を見ると、「人間なのに『ある』と言うのは失礼ではないか」と感じるかもしれません。しかし、漱石はバルザックを物のように扱っているわけではありません。
ここでの「ある」は、「そのような人物が存在していた」という意味です。「フランスにバルザックという小説家という存在があった」という、客観的な存在確認のニュアンスがあります。
現代語に直すなら、「フランスにはバルザックという小説家がいたそうだ」や「フランスにはバルザックという小説家が存在したそうだ」とすると分かりやすくなります。
なぜ漱石は現代風に「いた」と書かなかったのか
夏目漱石は、当時の文体や文学的な表現を意識して作品を書いていました。『吾輩は猫である』は明治時代の作品であり、現在の口語表現とは異なる部分があります。
また、作品内の語り手である猫の視点から、人間社会を少し距離を置いて観察するような表現が多く使われています。そのため、「ある」という少し客観的で硬い表現が文章の雰囲気にも合っています。
漱石の文章では、このように現代ではあまり使われなくなった表現が意図的に使われることがあります。古い表現を知ることで、作品の味わいをより深く理解できます。
「仏蘭西にバルザックという小説家があったそうだ」の現代語訳
この文章を現代の言葉に直すと、「主人の話によると、フランスにはバルザックという小説家がいたそうだ」という意味になります。
ここでいう「仏蘭西」はフランス、「バルザック」はフランスの小説家オノレ・ド・バルザックを指しています。つまり、内容としては「フランスに有名な小説家バルザックという人物が存在した」という話です。
「あった」を「いた」に置き換えると現代人には読みやすくなりますが、漱石の文章としては当時の日本語の特徴を残した自然な表現なのです。
まとめ|「小説家があったそうだ」は明治時代ならではの表現
『吾輩は猫である』の「仏蘭西にバルザックという小説家があったそうだ」という表現は、現代語では「小説家がいたそうだ」と言い換えられる内容です。
ただし、「ある」を人に使うことは明治時代以前から存在した日本語の用法であり、漱石の誤りではありません。当時の日本語では、人の存在を客観的に述べる際に「ある」が使われることがありました。
古典や近代文学を読む際には、現代の文法だけで判断せず、その時代の言葉の使われ方を知ることが作品理解につながります。


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