万葉集19番歌の反歌説と額田王・人麻呂の関与についての考察

文学、古典

万葉集19番歌「へそがたのはやしのさきのさのはりのきぬにつくなすめにつくわがせ」は、明らかに相問歌の性格を持つとされ、額田王の近江遷都を憂う歌への反歌として位置づけるかどうかが議論されます。ここでは、歌の編纂背景や反歌の可能性について解説します。

19番歌の反歌としての位置づけ

この歌は17番からの額田王の歌の文脈と比べると、直接的な郷愁表現とは異なり、明らかに相問歌として独立している可能性があります。編纂者である家持が意図的に配置した可能性もありますが、歌相の違いから不自然に感じられることも指摘されています。

持統天皇や人麻呂の関与の可能性

19番歌を配置できる人物として、持統天皇か人麻呂が挙げられます。持統天皇は政治的意図で歌を選定する権限を持ち、人麻呂は歌の編集・追記を行う立場にありました。略体歌や主語不明の点から、人麻呂のメモや配置の失念が関与している可能性も考えられます。

主語と額田王との関係

歌の主語は明確でなく、「わがせ」とあることから額田王本人を指す可能性があります。相問歌としての性格から、反歌ではなく独立した個人的表現として詠まれた可能性も否定できません。

まとめ

万葉集19番歌は、額田王の歌への反歌として位置づけられるかは議論の余地があります。持統天皇や人麻呂が関与した可能性もありますが、略体歌や主語の不明点から、人麻呂のメモ的配置や編纂上の都合によるものである可能性もあります。額田王自身の表現として読むことも妥当であり、編纂の背景と歌の独立性を総合的に考える必要があります。

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