古文の中には、現代では使われない敬語表現や補助動詞が多く登場するため、単語の意味を知っていても訳しにくい文章があります。「生き出でてものしたまはましかば、もろともに聞こえまし」という一文もその一つです。この記事では、この文の現代語訳と、特に分かりにくい「ものしたまふ」の意味について詳しく解説します。
「生き出でてものしたまはましかば、もろともに聞こえまし」の現代語訳
この文章は、現代語にすると「もし生き返っていらっしゃったなら、一緒にお話し申し上げたことでしょう」という意味になります。
文全体では、亡くなった人物について「もしその人が生きて戻ってきてくださっていたなら、私は一緒に話をしただろうに」という、実現しなかったことへの思いを表しています。
古文では「ましかば〜まし」という形がよく使われ、これは「もし〜だったなら、〜だろうに」という反実仮想の表現です。
「ものしたまふ」の意味とは
「ものしたまふ」は、「ものす」と「たまふ」が組み合わさった表現です。
まず「ものす」は、古文で非常によく使われる重要語で、もともとは「物をする」という意味ですが、文脈によって「いる」「行く」「来る」「する」など、さまざまな意味になります。
特に「ものしたまふ」の形では、人物の存在を表すことが多く、「いらっしゃる」「おられる」という尊敬表現として訳されます。
「ものす」がなぜ「いる」という意味になるのか
「ものす」は直訳すると「物をする」ですが、古文では具体的な動作をぼかして表現する言葉として使われました。
例えば、「あり」「行く」「来る」などの動詞の代わりに、状況に応じて「ものす」が使われることがあります。
現代語でも「する」という言葉が「勉強する」「生活する」など幅広い意味を持つように、古文の「ものす」も広い意味を持つ言葉でした。
「たまふ」は尊敬を表す補助動詞
「たまふ」は、古文で頻繁に登場する敬語です。動詞の後ろにつく場合は、主に尊敬の意味を表します。
「ものしたまふ」の場合、「ものす」に「たまふ」が付くことで、「いらっしゃる」という意味をより高めた敬意のある表現になります。
例えば、「行きたまふ」なら「お行きになる」、「見たまふ」なら「ご覧になる」というように、動作をする人物への敬意を示します。
文を分解して意味を確認する
「生き出でてものしたまはましかば」は、以下のように分けて考えると理解しやすくなります。
| 部分 | 意味 |
|---|---|
| 生き出でて | 生き返って、再び現れて |
| ものしたまは | いらっしゃって(尊敬表現) |
| ましかば | もし〜だったなら |
| もろともに | 一緒に |
| 聞こえまし | 申し上げただろう |
このように分解すると、「生き返っていらっしゃったなら」という意味になることが分かります。
特に「ものしたまは」は、「ものす=いる」と「たまふ=尊敬」を組み合わせた敬語表現として理解することがポイントです。
「ましかば〜まし」は反実仮想の表現
最後に、「ましかば〜まし」の形について確認します。
「ましかば」は助動詞「まし」の未然形「ましか」に接続助詞「ば」が付いた形で、「もし〜だったなら」という仮定を表します。
後ろの「まし」は、「〜だろうに」「〜ただろう」という、実際には起こらなかったことを想像する表現になります。
例えば、「もっと早く知っていたら、助けられただろうに」という現代語の表現と同じような働きをします。
まとめ
「生き出でてものしたまはましかば、もろともに聞こえまし」は、「もし生き返っていらっしゃったなら、一緒にお話し申し上げたことでしょう」と訳されます。
分かりにくい「ものしたまふ」は、「ものす(いる・存在する)」に尊敬の補助動詞「たまふ」が付いた表現で、「いらっしゃる」という意味になります。
古文では、「ものす」「たまふ」のような基本語が文脈によって意味を変えるため、単語だけでなく、敬語や文全体の流れを確認することが正確な現代語訳につながります。


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