『宇治拾遺物語』の「晴明の術比べ」の冒頭文に登場する「来たりぬ」という表現について解説します。古文の助動詞「たり」と「ぬ」は、完了や存続など複数の意味を持つため、文脈によって判断が必要です。
「たり」の基本的意味
助動詞「たり」は二つの用法があります。第一に完了・存続を表す「完了存続」の用法で、動作や状態がすでに完了したこと、またはその状態が続いていることを示します。
古文の文法書では、例えば「名詞+たり」で「〜である」という存続の意味になることが多いです。動詞に接続する場合は、過去の動作が完了していることを表すこともあります。
「ぬ」の基本的意味
助動詞「ぬ」も完了・強意を表す用法が一般的です。動詞連用形に接続して「〜してしまった」「〜である」という意味になります。
この場合、過去の動作が完了したことを強調するニュアンスが含まれます。
「来たりぬ」の解釈
文中の「来たりぬ」を分解すると「来(き)+たり+ぬ」となります。
「来」は動詞「来る」の連用形、「たり」は完了存続の助動詞、「ぬ」は完了の助動詞です。したがって、この連語は「来てしまった」という完了の意味を強調しています。
ここでは存続の意味よりも、老僧が無事に来訪したという動作の完了を表していると考えられます。
まとめ
『宇治拾遺物語』冒頭の「来たりぬ」における「たり」は完了・存続の補助的な意味を持ち、「ぬ」は動作の完了を強調する助動詞です。文脈上、この場合は老僧が来たという動作の完了を示しており、存続の意味は主ではありません。
したがって、「来たりぬ」は「老僧が来てしまった」という完了の意味で理解するのが自然です。


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