人間関係の中で「お互いに分かり合えない」と感じる場面は少なくありません。しかし、その理由をきちんと言葉にして伝え合い、「自分たちは考え方が違うのだ」と双方が納得できている場合、それは本当に分かり合えていない状態なのでしょうか。この記事では、相互理解とは何か、「違いを理解すること」と「同じ考えになること」の違いについて解説します。
「分かり合う」とは同じ考えになることではない
一般的に「分かり合う」という言葉は、相手と同じ価値観を持つことや、相手の気持ちを完全に理解することのように捉えられることがあります。
しかし、人間同士が完全に同じ考えになることはほとんどありません。育った環境、経験、価値観が違えば、同じ出来事を見ても感じ方や判断は変わります。
そのため、本当の意味での相互理解とは「相手と同じ意見になること」ではなく、「相手がなぜそのように考えるのかを理解すること」と考えることができます。
「分かり合えない理由」を理解することも一つの理解
例えば、Aさんが「仕事では効率を最優先するべき」と考え、Bさんが「人間関係や丁寧さを優先するべき」と考えているとします。
この2人は考え方が異なるため、すべての場面で意見が一致することはないかもしれません。しかし、お互いが「Aさんは効率を重視する経験をしてきたからそう考える」「Bさんは人との信頼関係を大切にしているからそう考える」と理解できれば、相手の立場は認められます。
つまり、「なぜ分かり合えないのか」を理解すること自体が、相手への理解につながっていると言えます。
「分かり合えないことを分かり合う」という考え方
哲学やコミュニケーションの分野では、「違いを認めること」も重要な理解の形だと考えられています。
例えば、趣味や人生観が大きく異なる友人同士でも、「自分はその考えにはならないけれど、あなたがそう考える理由は分かる」という状態になることがあります。
この場合、2人は価値観そのものは共有していません。しかし、「相手には自分とは異なる考えがある」という事実を共有しています。この意味では、ある種の深い理解が成立していると言えます。
ただし「理解」と「同意」は別のもの
注意したいのは、相手を理解することと、相手の意見に賛成することは別だという点です。
例えば、「その人がなぜその行動をしたのか」は理解できても、「その行動は正しいとは思わない」ということはあります。
健全な人間関係では、相手の考えを理解した上で、自分の意見を持つことができます。理解とは、相手を無条件に肯定することではありません。
本当に分かり合えている状態とは
本当に分かり合えている状態とは、必ずしも意見や感情が一致している状態ではありません。
むしろ、お互いの違いを認識し、その違いがどこから生まれているのかを理解しながら関係を続けられる状態こそ、成熟した相互理解と言えます。
例えば、夫婦や友人、仕事仲間でも、すべての考えが一致する人はいません。それでも「あなたはそう考えるんだね」「私はこう考えるけれど、あなたの理由は分かった」と話し合える関係は、十分に相手を理解している関係です。
まとめ|「分かり合えない」と納得できることも一つの相互理解
お互いに「なぜ分かり合えないのか」を言語化し、その違いを双方が納得している場合、それは単なる不理解ではありません。
相手と同じ考えになることだけが「分かり合う」ことではなく、相手との違いや、その違いが生まれる理由を理解することも大切な相互理解です。
つまり、「私たちは同じ考えではない」ということを理解し合えているなら、その2者は別の意味で深く分かり合えていると言えるでしょう。


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