古文の敬語の補助動詞は助詞の後でも成立する?見分け方と具体例を解説

文学、古典

古文の敬語では、「給ふ」「侍り」「候ふ」などの補助動詞が重要なポイントになります。しかし、助詞が前にある場合に「これは補助動詞なのか、それとも別の用法なのか」と迷うことがあります。この記事では、古文の敬語における補助動詞の基本的な考え方と、助詞との位置関係による判断方法について詳しく解説します。

古文の敬語における補助動詞とは何か

古文の敬語の補助動詞とは、本来の動詞としての意味を失い、前にある動詞に敬意を加える働きをするものです。

代表的なものには「給ふ」「侍り」「候ふ」などがあります。例えば「読み給ふ」という表現では、「給ふ」は「与える」という本来の意味ではなく、「読む」という動作をする人物への敬意を表しています。

このような場合、「給ふ」は単独の動詞ではなく、前の動詞を助ける補助動詞として扱われます。

助詞があっても補助動詞になる場合がある

結論から言うと、上に助詞がある場合でも、補助動詞として扱われることはあります。重要なのは、助詞の位置ではなく、その敬語表現がどのような働きをしているかです。

例えば「読みて給ふ」という形では、「て」という接続助詞が「読む」と「給ふ」をつないでいます。この場合でも、「給ふ」が「読む」という動作に敬意を加えているなら、補助動詞です。

つまり、「動詞+助詞+敬語表現」という形になっていても、後ろの敬語が前の動詞を修飾している場合は補助動詞として判断します。

補助動詞か本動詞かを判断するポイント

敬語の「給ふ」などを見たときは、まず本来の意味である「与える」と置き換えられるかを考えると判断しやすくなります。

判断ポイント 考え方
前に動作を表す動詞がある その動作への敬意なら補助動詞の可能性が高い
「与える」の意味が成立する 本動詞として使われている可能性がある
助詞を挟んでいる 助詞があっても補助動詞になる場合がある

例えば「仰せ給ふ」は「おっしゃる」という動作に「給ふ」がついているため、敬意を表す補助動詞です。一方で「物を給ふ」のように「物を与える」という意味なら本動詞になります。

接続助詞が入る場合の具体例

古文では「〜して給ふ」「〜聞き給ふ」のように、動詞と敬語補助動詞の間に助詞が入る表現がよく登場します。

例えば「御覧じて給ふ」という表現の場合、「御覧じて」は「御覧になる」という動作を表し、「給ふ」はその動作をする人物への敬意を示しています。

このように、間に助詞が入っているからといって、すぐに補助動詞ではないと判断するのは誤りです。文章全体の意味から判断する必要があります。

古文敬語の判別では位置より役割を見ることが大切

古文の文法問題では、「敬語がどこについているか」だけで判断すると間違いやすくなります。大切なのは、その敬語が誰に対する敬意を表しているのか、何の動作を補助しているのかを見ることです。

特に補助動詞は、前の動詞とセットで意味を作るため、助詞によって離れていても関係性が保たれている場合があります。

例えば現代語でも「読んでくださる」のように、助詞を挟んで敬意表現が続くことがあります。古文でも同じように、形だけではなく役割を見ることが重要です。

まとめ|助詞の有無ではなく敬語の働きで判断する

古文の敬語の補助動詞は、上に助詞がある場合でも成立します。判断基準は「助詞があるかどうか」ではなく、「その敬語が前の動詞の動作に敬意を加えているかどうか」です。

「動詞+助詞+給ふ」のような形でも、給ふが敬意を表す働きをしていれば補助動詞になります。

古文敬語を正しく理解するには、語順だけを見るのではなく、文全体の意味と敬語の役割を確認することが大切です。

コメント

タイトルとURLをコピーしました