古文の助動詞「る・らる」は、受験生が迷いやすい文法事項の一つです。同じ形でも「受け身」「尊敬」「自発」「可能」の意味があり、文脈によって判断する必要があります。
特に十訓抄の「白河の御時、天下に殺生を禁制せられたりければ」という表現では、「せられたり」の部分を受け身と考えたくなりますが、ここでは尊敬の意味になります。今回は、このような判断をするための考え方や、「る・らる」の見分け方について詳しく解説します。
十訓抄「殺生を禁制せられたりければ」の意味
問題の文「白河の御時、天下に殺生を禁制せられたりければ」は、「白河天皇の御代に、天下で殺生を禁止なさったので」という意味になります。
ここで重要なのは、「禁制する」という動作を誰が行ったのかという点です。この文章の主語は白河天皇です。天皇という身分の高い人物の行為について述べているため、「せられ」は尊敬表現になります。
つまり、「白河天皇が誰かから禁止された」という受け身ではなく、「白河天皇が禁止なさった」という意味です。
助動詞「る・らる」の4つの意味
古文の助動詞「る」「らる」には、主に以下の4つの意味があります。
| 意味 | 例 | 判断のポイント |
|---|---|---|
| 受け身 | 人に笑はる | 「〜される」という意味になる |
| 尊敬 | 帝、行幸せらる | 身分の高い人物の動作 |
| 自発 | 昔が思ひ出でらる | 自然にそう感じる |
| 可能 | 見ることができらる | 能力や可能性を表す |
この中で、入試問題で特によく問われるのが「受け身」と「尊敬」の区別です。
受け身と尊敬を見分ける基本的な方法
「る・らる」を見たときは、まず「誰がその動作をしているのか」を確認します。
例えば「殿、家臣に褒めらる」という文の場合、殿は家臣から褒められる側なので「受け身」です。一方、「殿、家臣をお褒めにならる」のように身分の高い人物が行動する場合は「尊敬」になります。
判断するときは、単純に「らる=受け身」と決めつけず、主語に注目することが大切です。
尊敬になる場合の特徴
「る・らる」が尊敬になる場合には、主語が天皇、貴族、僧侶など身分の高い人物であることが多いです。
例えば、「帝、御覧ぜらる」という表現なら、「帝がご覧になる」という意味になります。帝が誰かに見られているのではなく、帝自身の動作を敬って表現しています。
今回の十訓抄の例でも、「白河の御時」という表現自体が白河天皇への敬意を含んでいます。そのため、「禁制せられたり」は天皇の行為を高める尊敬表現だと判断できます。
受け身と考えてしまう理由と注意点
現代語では「〜られる」という形を見ると、反射的に受け身を考えてしまいます。しかし、古文では「れる・られる」の形が現代語の受け身だけを表すわけではありません。
例えば現代語の「先生が話される」も、「先生が誰かによって話される」という意味ではなく、「先生がお話になる」という尊敬の意味で使われています。古文でも同じように、動作主への敬意を表す用法があります。
したがって、「らる」を見たら現代語の感覚ではなく、古文の文脈で判断する必要があります。
「る・らる」の判別手順
古文読解では、次の順番で考えると判断しやすくなります。
- 1. 「る・らる」の前の動詞を確認する
- 2. その動作をしている人物(主語)を考える
- 3. 主語が身分の高い人物なら尊敬を疑う
- 4. 「〜される」と訳して自然なら受け身を考える
- 5. 感情や自然現象なら自発、能力なら可能を考える
例えば「帝、臣下に文を書かせらる」という文なら、帝自身が書くのか、誰かにされるのかによって意味が変わります。文全体を見ることが重要です。
まとめ|「る・らる」は主語と文脈で判断する
十訓抄の「天下に殺生を禁制せられたりければ」の「られ」は、白河天皇の行為を敬って表現したものなので、受け身ではなく尊敬になります。
古文の「る・らる」は形だけを見ると判断を間違えやすいですが、「誰がその動作をしたのか」を考えることで正しく見分けられます。
受け身か尊敬か迷った場合は、まず主語を探し、その人物の身分や文章全体の流れを確認することが、古文読解の基本的なポイントです。


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