シェイクスピアの『テンペスト』終盤では、主人公プロスペローがナポリ王アロンゾーに対して「陛下」と呼びかける場面があります。この呼び方から、「ミラノ大公であるプロスペローよりナポリ王のほうが身分が上なのか」と疑問に感じる人も少なくありません。
しかし、この場面を理解するには、単純な爵位の上下だけではなく、当時のヨーロッパにおける王と公爵の関係、そして作品内で描かれる政治的な立場を知る必要があります。この記事では、『テンペスト』におけるプロスペローとアロンゾーの身分関係や、「陛下」という呼称の意味について詳しく解説します。
『テンペスト』におけるプロスペローとアロンゾーの立場
プロスペローは、かつてミラノを治めていた大公です。一方、アロンゾーはナポリ王国の王です。
作品の舞台となる時代のヨーロッパでは、「王」と「公爵」は同じ君主階級であっても一般的には王のほうが上位とされました。王は一つの独立した王国を統治する君主であり、公爵は多くの場合、王国の中の領地を治める貴族または君主という位置づけでした。
そのため、プロスペローがアロンゾーを「陛下」と呼ぶのは、ナポリ王であるアロンゾーに対する正式な敬称として自然な表現なのです。
ナポリ王がミラノ大公より格上と考えられる理由
ミラノ大公とナポリ王の関係は、現代の国家制度とは少し異なりますが、ルネサンス期のイタリアでは、ナポリ王国は独立した王国として存在していました。
一方、ミラノ公国は公爵が統治する国家でした。ミラノは非常に豊かで政治的にも重要な地域でしたが、称号としては「王」ではなく「公爵」でした。
つまり、領地の豊かさや軍事力だけでなく、称号上の格式では「王」のほうが上位に位置します。そのため、プロスペローがアロンゾーを王として敬うことに不自然さはありません。
「陛下」という呼び方は服従を意味するのか
プロスペローがアロンゾーを「陛下」と呼ぶ場面は、単純にプロスペローがアロンゾーより下の立場になったことを意味するわけではありません。
プロスペローは魔法によって島を支配する強大な力を持ち、物語の中ではむしろアロンゾーたちを精神的に導く立場にあります。しかし、政治的な身分としては、アロンゾーはナポリ王であり、その称号に応じた敬称を使っているのです。
例えば現代でも、ある分野で大きな権威を持つ人物であっても、公式な場では相手の役職や立場に応じた呼び方をすることがあります。それと同じように、プロスペローは自分の力とは別に、王としてのアロンゾーの地位を尊重しています。
『テンペスト』終盤での二人の関係の変化
物語の冒頭では、アロンゾーはプロスペローを追放した側の人物です。アロンゾーの弟セバスチャンやプロスペローの弟アントーニオの策略によって、プロスペローはミラノを追われることになりました。
しかし、島での出来事を経て、プロスペローは復讐ではなく許しを選びます。アロンゾーもまた、自分の過去の行いと向き合うことになります。
ラストでプロスペローがアロンゾーに敬意を示すことは、単なる上下関係の表現ではなく、和解と秩序の回復を象徴する場面でもあります。
シェイクスピア作品における身分と呼称の意味
シェイクスピアの作品では、登場人物の呼び方には社会的な関係が反映されています。「陛下」「殿下」「閣下」などの表現は、単なる言葉遣いではなく、その人物が持つ政治的・社会的な位置を示しています。
『テンペスト』では、プロスペロー自身も元々はミラノを統治する大公でした。そのため、彼は決して身分の低い人物ではありません。
しかし、アロンゾーが王である以上、公式な場で「陛下」と呼ぶことは当時の礼儀として適切でした。この細かな呼称の違いが、作品世界の政治的背景を表しています。
まとめ
『テンペスト』でプロスペローがアロンゾーを「陛下」と呼ぶのは、ナポリ王であるアロンゾーに対する正式な敬称だからです。
ミラノ大公とナポリ王では、称号上は王のほうが上位にあたります。そのため、プロスペローがアロンゾーを敬称で呼ぶことは、身分関係として自然なことです。
ただし、この呼称はプロスペローがアロンゾーに完全に屈服したことを示すものではありません。物語の最後では、二人は過去の対立を乗り越え、政治的な秩序と人間関係を回復していくのです。


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