中国語の「我也这么想(wǒ yě zhème xiǎng)」は、日本語の「私もそう思う」にあたる表現ですが、日本語や英語の語順に慣れていると、なぜ「这么」が動詞の前に来るのか疑問に感じることがあります。
中国語では、動詞の後ろに必ず目的語を置くという単純なルールだけではなく、目的語の種類や文の構造によって語順が変化します。この記事では、「我也这么想」「我也想这么」の違いや、「我想也是」の意味について詳しく解説します。
「我也这么想」は中国語で自然な「私もそう思う」という表現
「我也这么想」は、直訳すると「私はまた、このように考える」となります。それぞれの単語を見ると、「我」は私、「也」は~も、「这么」はこのように、「想」は思う・考えるという意味です。
文の構造は「主語+副詞+指示語+動詞」となっており、日本語の感覚では少し不思議に見えます。しかし、中国語では「这么想」で「このように考える」という一つのまとまりとして使われます。
例えば、友人が「这个方法很好(この方法は良いと思う)」と言った場合に、「我也这么想」と答えると「私もそう思う」という自然な返答になります。
なぜ「我也想这么」ではなく「我也这么想」なのか
「我也想这么」とすると、日本語話者は「主語+動詞+目的語」の形に見えるため、正しいように感じるかもしれません。しかし、この表現は通常の中国語では不自然になります。
理由は、「这么」が単純な目的語ではなく、「どのように考えるか」を示す副詞的な役割を持っているためです。「这么想」は「このように考える」という動作の方法を表す組み合わせになります。
日本語でも「私はそう思う」と言うとき、「思うそう」とは言わないのと同じで、中国語にも自然な語の組み合わせがあります。
中国語では動詞の前に情報を置くことが多い
中国語では、動作の対象や方法、状態などを表す言葉が動詞の前に置かれることがあります。特に「怎么(どう)」「这么(このように)」「那么(あのように)」などは、動詞の前で使われることが多いです。
例えば、「我这样做(私はこのようにする)」という表現も、「这样」が「做(する)」の前に置かれています。これは「どのようにするか」という情報を先に示しているためです。
そのため、「这么想」は「このように考える」という意味の決まった形として覚えると理解しやすくなります。
「我想也是」は「私もそうだと思う」という別の表現
「我想也是(wǒ xiǎng yě shì)」も中国語でよく使われる表現ですが、「我也这么想」とは少し意味が異なります。
「我想也是」は直訳すると「私が思うには、やはりそうだ」といった意味で、相手の意見に対して「たぶんそうだね」「私もそう思っていた」というニュアンスがあります。
一方、「我也这么想」は相手の考えと自分の考えが一致していることを強調する表現です。例えば、相手が意見を述べた後に「私も同じ考えだった」と伝える場合に適しています。
中国語の語順を理解するポイント
中国語を学ぶ際には、日本語の助詞や英語の文型だけで考えると、語順が不自然に感じることがあります。
中国語では「何をするか」だけでなく、「どのような状態で行うか」「どのような方向で行うか」を動詞の前に置く傾向があります。
例えば、「我认真学习(私は真面目に勉強する)」では、「认真(真面目に)」が「学习(勉強する)」の前に置かれています。「我这么想」も同じ考え方で、「这么(このように)」が「想(思う)」を説明しているため、動詞の前に置かれます。
まとめ|「我也这么想」は中国語の語順ルールで自然な表現
「我也这么想」は、「我(私)+也(も)+这么(そう・このように)+想(思う)」という構造で、中国語では非常に自然な表現です。
「我也想这么」と考えてしまうのは、日本語や英語の「動詞の後ろに目的語を置く」という考え方から見ているためです。しかし、「这么」は目的語ではなく、「想」という動作の内容や方法を表す言葉として動詞の前に置かれています。
中国語の語順を理解するには、単語を一つずつ日本語に置き換えるのではなく、どの言葉がどの言葉を説明しているのかを見ることが大切です。


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