ヒルベルト空間上の正規作用素に対する連続関数計算は、関数解析におけるスペクトル定理の中心的な応用です。自己共役作用素では実数上の多項式近似で理解できますが、一般の正規作用素では複素スペクトルを扱うため、単純なTの多項式だけでは十分ではなく、T*を含むC*(T,I)という構造が本質的な役割を果たします。
この記事では、①自己共役作用素、②一般の正規作用素、③非正規作用素の3つを比較しながら、なぜT*が必要なのか、Stone-Weierstrass定理とGelfand表現がどのようにつながるのか、そして非正規作用素ではなぜ同じ連続関数計算が成立しないのかを整理します。
自己共役作用素における連続関数計算と多項式近似
まず自己共役作用素T=T*の場合を考えます。スペクトル定理によれば、Tは射影値測度Eを用いてT=∫λdE(λ)と表されます。このときスペクトルσ(T)は実数部分集合であり、コンパクト集合になります。
自己共役作用素では、連続関数f:σ(T)→Cに対してf(T)=∫f(λ)dE(λ)を定義できます。この構成は通常の実数上の関数代入の自然な拡張と考えることができます。
さらにStone-Weierstrass定理により、σ(T)上の連続関数は多項式で一様近似できます。つまり、ある多項式列p_nが存在して||p_n-f||∞→0となります。このとき作用素ノルムでも||p_n(T)-f(T)||→0となるため、f(T)を多項式近似の極限として理解できます。
一般の正規作用素ではなぜT*が必要なのか
一般の正規作用素Tでは、条件TT*=T*Tを満たしますが、必ずしも自己共役ではありません。この場合、スペクトルσ(T)は複素平面内のコンパクト集合になります。
ここで重要なのは、複素Stone-Weierstrass定理を適用するためには、近似する代数が複素共役に対して閉じている必要があるという点です。つまり、関数λだけを使った多項式ではなく、λとその共役λ̄を含む多項式が必要になります。
作用素側で考えると、λに対応するものがTであり、λ̄に対応するものがT*です。そのため、一般の正規作用素ではTだけの多項式代数ではなく、TとT*から生成されるC*代数C*(T,I)を考える必要があります。
C*(T,I)とC(σ(T))の関係
正規作用素Tに対して、C*(T,I)はTと恒等作用素Iを含む最小の閉じた*代数です。正規性により、この代数は可換C*代数になります。
可換C*代数についてはGelfandの表現定理があり、任意の可換C*代数AはあるコンパクトHausdorff空間X上の連続関数環C(X)と等距離*-同型になります。
正規作用素Tの場合、そのスペクトルσ(T)が対応する空間Xになります。したがって、写像φ:C(σ(T))→C*(T,I)をf→f(T)として定義すると、これは等距離*-同型になります。
この事実は単なるStone-Weierstrassによる近似結果ではなく、正規作用素が生成するC*代数が可換であること、そして可換C*代数の構造定理が背景にあります。
なぜTだけの多項式では不十分なのか
一般の正規作用素について、Tだけの多項式p(T)を考える場合、それは複素多項式p(z)による近似になります。しかし、複素平面上の集合では、正則関数による近似だけでは任意の連続関数を近似できない場合があります。
例えばスペクトルが円盤の境界に近い形を持つ場合、正則性という制約が残るため、zだけの多項式ではz̄のような反正則方向の情報を表現できません。
一方、T*を加えることでz̄に対応する自由度が入り、複素共役閉包を持つ代数になります。そのため、Stone-Weierstrassの条件を満たし、任意の連続関数への一様近似が可能になります。
非正規作用素では連続関数計算が破綻する理由
非正規作用素では、一般にスペクトルだけから作用素を制御することができません。特に重要なのは、スペクトル半径と作用素ノルムが一致しないという問題です。
正規作用素ではスペクトル定理により||f(T)||=sup{|f(λ)|:λ∈σ(T)}が成立します。しかし非正規作用素ではこの等式が成立しない場合があります。
具体例として2×2のJordanブロックTを考えます。
T=\begin{pmatrix}0&1\\0&0\end{pmatrix}
この作用素のスペクトルはσ(T)={0}だけです。しかしTは零作用素ではありません。もしスペクトル上の連続関数計算が正規作用素の場合と同じように成立すると仮定すると、恒等関数f(z)=zについてf(T)=0になるはずですが、実際にはT≠0です。
つまり、スペクトルが一点しかないにもかかわらず作用素自身は非自明な情報を持っており、スペクトルだけでは作用素を復元できません。これが非正規作用素で連続関数計算が一般化できない根本的理由です。
3種類の作用素の比較
| 種類 | スペクトル | 関数計算 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 自己共役作用素 | 実数集合 | 実多項式近似で可能 | 最も単純で順序構造もある |
| 正規作用素 | 複素平面上の集合 | C*(T,I)を通じて可能 | スペクトルだけでノルムが決まる |
| 非正規作用素 | 複素集合 | 一般の連続関数計算は不可 | スペクトル以外の情報が必要 |
この比較から分かるように、正規性とは単なる技術的条件ではなく、「作用素をスペクトル上の関数として完全に理解できるための条件」と見ることができます。
スペクトル定理とC*代数的な見方
スペクトル定理は、正規作用素を単なる線形写像ではなく、スペクトル上の関数として扱えることを保証する定理です。
C*代数の観点では、正規作用素Tが生成するC*(T,I)が可換C*代数であることが本質です。可換C*代数は必ず連続関数環として表現できるため、f(T)という操作が自然に導かれます。
つまり、Stone-Weierstrass定理は近似可能性を示す道具であり、Gelfand表現はその近似対象がなぜC(σ(T))になるのかを説明する構造理論です。
まとめ|正規作用素の関数計算でT*が必要になる理由
自己共役作用素ではスペクトルが実数上にあるため、通常の一変数多項式による近似で十分です。しかし一般の正規作用素ではスペクトルが複素平面に広がるため、λだけでなくλ̄の情報が必要になります。
作用素側ではそれがT*に対応し、C*(T,I)を考えることで複素共役閉じた可換C*代数が得られます。この構造によってGelfand表現とStone-Weierstrass定理が結び付き、連続関数計算f(T)が厳密に定義できます。
一方、非正規作用素ではスペクトルだけでは作用素の情報を十分に表現できず、Jordanブロックの例のようにスペクトル一点でも非自明な作用素が存在します。そのため、連続関数計算とスペクトル定理が成立する境界は、まさに正規性にあると理解できます。


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