古典文法では、助動詞が連続する部分や「に」の識別が難しい箇所が多くあります。『発心集』の「彼をのちあはれみ助くる間に、つひに参らずなりにければ、時の人、ありがたき事になんいひける」という一節も、その代表的な例です。
この記事では、「なりにければ」と「ありがたき事になん」の部分を中心に、助動詞の意味や接続、品詞分解の考え方をわかりやすく解説します。
『発心集』の該当部分を確認する
問題となる部分は次の箇所です。
「彼をのちあはれみ助くる間に、つひに参らずなりにければ、時の人、ありがたき事になんいひける。」
現代語訳すると、「その人を後になって気の毒に思い助けているうちに、とうとう(参上することが)なくなってしまったので、当時の人々は、めったにない素晴らしいことだと言った」というような意味になります。
この中で特に注意したいのが、「なりにければ」と「事になん」の二つです。
「なりにければ」の品詞分解
「なりにければ」は、次のように分けられます。
| 語 | 品詞・活用 | 意味 |
|---|---|---|
| なり | 動詞「なる」連用形 | 〜になる、〜となる |
| に | 助動詞「ぬ」連用形 | 完了 |
| けれ | 助動詞「けり」已然形 | 過去・詠嘆 |
| ば | 接続助詞 | 〜ので、〜ところ |
したがって、「なりにければ」は「なり(動詞)+に(完了の助動詞『ぬ』)+けれ(過去の助動詞『けり』)+ば(接続助詞)」となります。
質問にある「伝聞なり 完了に 過去けれ 接続助詞ば」という分解については、「なり」の部分が誤りです。この「なり」は伝聞・推定の助動詞ではなく、動詞「なる」です。
「なり」が伝聞・推定ではない理由
古典の「なり」には、大きく分けて二種類あります。
| 種類 | 意味 | 接続 |
|---|---|---|
| 断定の助動詞「なり」 | 〜である、〜だ | 体言・連体形に接続 |
| 伝聞・推定の助動詞「なり」 | 〜そうだ、〜ということだ | 終止形に接続 |
しかし、この文章の「なり」は「参らずなりにければ」という形で使われています。「参らず(来なく)なる」という意味なので、動詞「なる」の連用形と考えるのが自然です。
例えば「春になりけり」なら、「春になる」という変化を表す動詞「なる」です。同じように「参らずなりにけり」は「参らない状態になってしまった」という変化を表しています。
「ありがたき事になん」の「に」は断定か
次に「ありがたき事になん」の部分を見てみます。
ここでは「に」は断定の助動詞「なり」の連用形です。
| 語 | 品詞・活用 | 意味 |
|---|---|---|
| ありがたき | 形容詞「ありがたし」連体形 | めったにない、素晴らしい |
| 事 | 名詞 | こと |
| に | 断定の助動詞「なり」連用形 | 〜である |
| なん | 係助詞「なむ」 | 強調 |
つまり「ありがたき事になん」は、「めったにないことであると(強調して)言った」という意味になります。
ここでの「に」は、名詞である「事」に続いています。そのため、「事である」という判断を表す断定の助動詞「なり」と判断できます。
「ぬ」と「なり」の識別が重要なポイント
古典文法では、「なり」や「に」は複数の働きを持つため、単語だけを見て判断すると間違いやすくなります。
今回の場合、「なり」は後ろに完了の助動詞「ぬ」が続き、「参らずなる」という意味になるため動詞です。一方、「事になん」の「に」は名詞の後について「〜である」という意味になるため断定の助動詞です。
このように、前後の言葉との関係を見ることで、同じ音の助動詞や活用語でも正しく判断できます。
まとめ|『発心集』の「なりにければ」と「になん」の違い
『発心集』の「つひに参らずなりにければ」の品詞分解は、「なり=動詞『なる』連用形」「に=完了の助動詞『ぬ』連用形」「けれ=過去の助動詞『けり』已然形」「ば=接続助詞」です。
一方、「ありがたき事になん」の「に」は、名詞「事」に続いているため、断定の助動詞「なり」の連用形です。
古典では同じ「なり」「に」でも、意味や接続によって品詞が変わります。単語だけで覚えるのではなく、前後の関係から判断することが、正確な品詞分解につながります。


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