英語やフランス語を学んでいると、1つの単語に複数の日本語訳が載っていて、「なぜ最初から別々の単語にしなかったのか」と疑問に感じることがあります。しかし、これは西洋の言語だけに特有の現象ではありません。言語学では、1つの語が関連する複数の意味を持つことを多義性(polysemy)といい、日本語を含む世界のさまざまな言語で見られます。
さらに、まったく別の由来を持つ語が偶然同じ形になる「同音異義語・同形異義語」もあります。外国語では日本語訳を介して理解するため多義性が目立ちやすく、逆に母語である日本語の多義性は意識しにくいという事情もあります。ここでは、英語やフランス語の単語がなぜ複数の意味を持つのか、日本語との比較や発音との関係も含めて解説します。
1つの単語に複数の意味が生まれる「多義語」とは
単語には、中心的な意味から関連する別の意味が派生することがあります。これが多義語です。例えば英語の「head」は身体の「頭」を表しますが、組織の「長・責任者」や列の「先頭」などにも使われます。「一番上・中心となる部分」といった意味的なつながりから用法が広がったと考えると理解しやすいでしょう。
このような意味の拡張は、比喩、換喩、抽象化などを通じて自然に起こります。最初から誰かが「この単語を曖昧にしよう」と決めて設計する必要はありません。多数の話者が長期間にわたって言葉を使ううちに、新しい用法が定着していきます。
また、辞書に複数の意味が掲載されていても、それぞれが完全に独立しているとは限りません。日本語訳では別々の言葉を割り当てなければならないため、外国語の1語が日本語では何語にも分かれて見えることがあります。
英語のspontaneouslyはなぜ意味が分かれて見えるのか
英語の「spontaneously」には、自発的に、自然に、自然発生的に、即興的に、といった訳語が使われます。これらは一見すると別の意味ですが、「外部から強制・計画されるのではなく、それ自体から生じる」という中心的な概念でつながっています。
そのため「Do it spontaneously.」という短い文だけを切り取れば、具体的な意味を一意に確定できない場合があります。しかし実際の会話では、前後の発言、話題、声の調子、置かれている状況などから意味を判断します。これは英語特有というより、自然言語全般に見られる性質です。
なお、「spontaneously」を常に「無計画に」と訳せるわけではありません。「自発的に」と「計画なしに」は重なる場合があるものの同一ではなく、実際の意味は文脈によって決まります。外国語学習では日本語訳を一対一で暗記するより、単語が持つ中心的なイメージと用法を理解する方が、多義語を把握しやすくなります。
フランス語のterreも文脈によって意味が決まる
フランス語の「terre」は、土地、地面、陸地、土など複数の意味で使われます。また、惑星としての地球については「la Terre」のように大文字で表記されます。ただし音声では当然、大文字と小文字そのものを発音し分けることはできません。
それでも通常の会話が成立するのは、単語だけではなく文全体と会話の状況から意味を推測できるためです。例えば天文学について話している最中の「Terre」と、船上で陸地について話しているときの「terre」では、聞き手が利用できる文脈が異なります。
これは日本語にもあります。例えば「地球」は比較的意味を限定しやすい単語ですが、「土地」には地面、所有する土地、地域・地方など複数の用法があります。単語だけではなく文脈を利用して意味を確定するという基本原理に、大きな違いはありません。
実は日本語にも多義語は非常に多い
日本語が英語やフランス語より常に意味の厳格な言語である、と単純に結論づけることはできません。日本語にも日常的な多義語が数多く存在するからです。
| 日本語 | 意味の例 |
|---|---|
| かける | 電話をかける、眼鏡をかける、時間をかける、迷惑をかける、鍵をかける |
| 取る | 物を取る、休暇を取る、写真を撮る、資格を取る、責任を取る |
| 出る | 家を出る、会議に出る、結果が出る、テレビに出る、利益が出る |
| 高い | 位置が高い、価格が高い、能力が高い、可能性が高い |
| 甘い | 味が甘い、判断が甘い、考えが甘い、採点が甘い |
例えば「取る」は、物理的に何かを手にする意味から、休暇・資格・責任など非常に多くの対象に使われます。「高い」についても、高さ、価格、程度などを文脈によって区別しています。
母語話者はこれらを幼少期から大量の文脈とともに習得しているため、「同じ単語に何種類も意味がある」と毎回意識しません。一方、外国語では辞書に「意味1、意味2、意味3」と日本語訳が並ぶため、多義性が強く意識されやすくなります。
多義語は誰かが「わざと曖昧にした」わけではない
自然言語は、通常は特定の人物や民族が全体を設計して作ったシステムではありません。長い時間をかけて、多数の話者による使用と世代間の継承を通して変化してきました。その過程で発音、文法、語彙、意味も変化します。
例えば身体を表す言葉が抽象概念に転用されたり、ある分野だけで専門的な意味を持つようになったりすることがあります。便利な表現が繰り返し使われれば、その新しい意味が社会に定着することがあります。
したがって、西洋社会に曖昧な言葉を必要とする特別な社会制度が存在し、その目的のため意図的に多義語を増やした、と考える必要はありません。日本語の多義語についても同様で、長い言語変化の結果として現在の語義体系が形成されています。
なぜ人間の言語は文脈に頼っても成立するのか
もしあらゆる概念に必ず異なる単語を割り当てれば、語彙は非常に巨大になります。実際のコミュニケーションでは、話し手と聞き手が共有している状況や前後関係を利用できるため、単語だけですべての情報を表現する必要はありません。
例えば日本語で「それ取って」と言われても、「それ」や「取って」の意味だけでは対象物や具体的な動作を完全には特定できません。それでも食卓で醤油を指さしながら言われれば、多くの場合は問題なく理解できます。
言語は単語だけで意味を伝える仕組みではなく、文法、文脈、共有知識、場面などを組み合わせて意味を伝える仕組みです。そのため、ある程度の多義性や曖昧性が存在していてもコミュニケーションは成立します。
多義性と母音の数・発音の複雑さは別の問題
言語の母音体系と単語の多義性は、それぞれ音韻論と意味論に関係する別の特徴です。ある言語の母音が多いことから、その言語で単語の意味が多義的になったと直接結論づけることはできません。
また、「西洋言語は母音が多い」と一括りにすることにも注意が必要です。ヨーロッパにもさまざまな音韻体系を持つ言語があり、世界全体にも非常に多様な母音体系があります。日本語のような5母音体系は確かに珍しいものではありませんが、それだけを基準に世界の言語の発音の複雑さを比較することは困難です。
さらに、発音の複雑さには母音数だけでなく、子音の種類、音節構造、声調、アクセント、長短の対立など多くの要素があります。そのため「母音が多い言語ほど意味が曖昧になる」といった単純な関係として説明することはできません。
外国語の多義語を理解するときは「日本語訳」ではなく中心的な意味を見る
英語やフランス語を学習するとき、多義語を日本語訳の一覧として丸暗記すると混乱しやすくなります。そこで役立つのが、それぞれの用法に共通する中心的な意味や、意味がどのように派生したのかを見る方法です。
例えば「poor」を「貧しい」「かわいそうな」など完全に無関係な日本語訳として覚えるだけではなく、実際にどのような名詞と組み合わされ、どのような状況で使われるのかを例文とともに学ぶと区別しやすくなります。
辞書の日本語訳は外国語の意味そのものではなく、理解するための近似的な対応語です。1つの外国語に複数の訳語が存在するからといって、その外国語の話者が常に複数の意味を同時に意識しているとは限りません。
まとめ|1語に複数の意味があるのは西洋言語だけの特徴ではない
英語やフランス語には確かに多義語が数多くあります。しかし、1つの単語が複数の意味を持ち、文脈によって解釈が決まる現象そのものは西洋言語特有ではなく、日本語にも広く存在します。
多義語の多くは、誰かが意図的に言語を曖昧に設計した結果ではありません。比喩や意味の拡張などが話者の間で繰り返され、長い歴史の中で定着したものと考える方が、自然言語の変化を理解しやすくなります。
また、多義性を母音の多さなど発音体系だけから説明することも適切ではありません。外国語の多義性が日本語より目立って感じられる場合には、外国語を日本語訳の一覧として学んでいることや、母語である日本語の多義性を普段ほとんど意識せず処理できていることも考慮する必要があります。


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