古文の「取らせ」はどう分解する?「取らせる」という一語か使役の助動詞かを解説

文学、古典

古文を読んでいると、「取らせ」「見せ」「聞かせ」など、現代語でも使われる形の中に複数の文法的な可能性が含まれている表現に出会うことがあります。特に「取らせ」は、一語の動詞なのか、それとも動詞に使役の助動詞が付いた形なのか判断に迷いやすい表現です。この記事では、古文における「取らせ」の成り立ちや見分け方について、具体的な例を交えて解説します。

古文の「取らせ」は基本的に「取る」+使役の助動詞「す」

古文の「取らせ」は、多くの場合「取る」という動詞に、使役の助動詞「す」が接続した形として考えます。

つまり、「取らせ」は「取ら」+「せ」と分解できます。「取ら」は動詞「取る」の未然形で、「せ」は使役の助動詞「す」の未然形または連用形として働きます。

現代語の「取らせる」と同じように見えるため一語の動詞のように感じますが、古文では文法的に分けて考えることが重要です。

「取らせる」という一つの動詞として扱う場合との違い

現代語では「取らせる」という言葉を一つの動詞として扱うことがあります。しかし、古文の文法問題では、基本的に動詞と助動詞を分けて分析します。

例えば、「子に花を取らせたり」という文の場合、「子に花を取らせたり」は「子に花を取らせた」という意味になります。この場合は、「子が花を取る」という動作を、話し手がさせたという使役の意味になります。

このように、誰かにある動作を行わせる意味がある場合は、「取る」+「使役」の形と判断します。

「この姫君の御手を取らせたりしを」の意味を考える

「この姫君の御手を取らせたりしを」という表現では、前後の文脈によって解釈は変わりますが、「姫君の御手を取らせた」という意味になる可能性があります。

ここで重要なのは、「誰が手を取ったのか」です。使役表現の場合、主語となる人物が別の人物に動作をさせています。

例えば、身分の高い人物が従者などに命じて「姫君の手を取らせる」という状況なら、「取らせ」は「取るようにさせる」という使役の意味になります。

古文で「せ」が出たときの判断ポイント

古文の「せ」には、使役の助動詞「す」の場合と、過去の助動詞「き」の連体形「し」など、似た形に見えるものがあります。そのため、単純に「せ」があるから使役と決めるのではなく、文の意味を見る必要があります。

使役の助動詞「す」は、主に未然形に接続します。動詞の未然形+「す・さす・しむ」という形で、「〜させる」という意味になります。

例えば、「人に書かせる」は「書く」+「す」であり、「人に書く動作をさせる」という構造です。「取らせる」も同じ考え方で分析できます。

「取らせ」の読み取りで大切なのは文脈

古文では、単語の形だけを見ると判断を誤ることがあります。「取らせ」という形だけではなく、その前後にどのような人物がいて、誰が何をしているのかを見ることが大切です。

例えば、「自分が手を取った」という意味なら単なる動作の表現になりますが、「誰かに手を取らせた」という意味なら使役になります。同じ形でも主語や対象によって意味が変わります。

古文読解では、助動詞を機械的に探すだけでなく、「誰が誰に何をさせたのか」という関係を整理すると理解しやすくなります。

まとめ|古文の「取らせ」は「取る」+使役の可能性を考える

古文の「取らせ」は、基本的には「取る」の未然形「取ら」に使役の助動詞「す」が付いた「取ら+せ」と考えます。

現代語では「取らせる」という一語のように感じますが、古文文法では「〜させる」という使役の意味を持つ助動詞として分析することが重要です。

ただし、最終的な判断は文章全体の意味によって決まります。「取らせ」という形を見たら、誰が誰に動作をさせているのかを確認することで、正確に読解できるようになります。

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