『枕草子』には、現代語訳だけを見ると原文との距離を感じる表現が多くあります。特に「所せくてさぶらひ給ふ」という部分は、直訳すると意味が取りにくく、「なぜ堂々としてお側に控えているという訳になるのか」と疑問に感じやすい箇所です。
この記事では、「所せく」の古語としての意味や、当時の宮廷社会での使われ方を踏まえながら、この表現がどのように現代語訳されるのかを詳しく解説します。
「所せくてさぶらひ給ふ」の原文の意味を確認する
「所せくてさぶらひ給ふ」は、『枕草子』の中で関白殿が登場する場面に出てくる表現です。文を分けて考えると、「所せく」「さぶらひ給ふ」という二つの部分から成り立っています。
「さぶらひ給ふ」は、「お仕え申し上げている」「お側に控えていらっしゃる」という意味になります。「さぶらふ」は謙譲語として、身分の高い人物のそばにいることを表す言葉です。
一方で問題になるのが「所せく」という部分です。この言葉を現代語の「場所が狭い」という意味だけで考えると、文章全体の意味が分からなくなります。
古語の「所せし」は「狭い」だけではない
古語の「所せし」には、現代語の「場所が狭い」という意味以外に、「窮屈である」「気詰まりである」「圧迫感がある」「存在感が大きい」という意味があります。
特に平安時代の文章では、人物について使われる場合、「その人の存在が大きく、周囲を圧倒するほどである」という意味になることがあります。
つまり「所せく」は単純に「狭い場所で」という意味ではなく、「周囲が圧倒されるほど堂々と」「威厳を持って」というニュアンスを含んでいます。
なぜ「堂々としてお側に控えていらっしゃる」という訳になるのか
関白という非常に高い身分の人物について「所せくてさぶらひ給ふ」と表現する場合、その人物が小さく控えめにいるという意味ではありません。
むしろ、身分や威厳が高いため、その場にいるだけで存在感があり、周囲の人々が自然と意識するような状態を表しています。
そのため現代語訳では、「堂々としてお側に控えていらっしゃる」「威儀を正して控えていらっしゃる」といった表現になります。
これは単なる意訳ではなく、古語「所せし」が持つ「圧倒されるほどの存在感」という意味を反映した訳です。
「所せし」の用例から理解する
「所せし」は、人や物事の規模が大きく、簡単には扱えないような状態を表すことがあります。
例えば、大勢の人が集まっていて場所がいっぱいになっている場合には「手狭である」という意味になります。しかし、身分の高い人物に対して使われる場合は、「威勢があり、周囲を圧する」という意味合いになります。
現代語でも「存在感が大きい人」「その場を支配する雰囲気がある人」という表現がありますが、それに近い感覚です。
平安文学では身分や雰囲気を表す言葉が重要
『枕草子』のような宮廷文学では、単に動作を説明するだけでなく、その人物の身分や雰囲気、周囲からどう見られているかを表す表現が多く使われます。
特に関白や天皇など高位の人物については、直接「偉い」「威厳がある」と書くのではなく、言葉の選び方によってその人物の格を表現しています。
「所せくてさぶらひ給ふ」も、その一つであり、関白殿がただ座っているのではなく、圧倒的な存在感を持ってその場にいる様子を描いています。
まとめ|「所せく」は意訳ではなく古語の意味を生かした訳
「所せくてさぶらひ給ふ」が「堂々としてお側に控えていらっしゃる」と訳されるのは、「所せし」に「狭い」という意味だけでなく、「存在感が大きい」「威圧感がある」という意味があるためです。
直訳すると分かりにくい表現ですが、平安時代の宮廷社会では、身分の高さや人物の威厳を表す重要な言葉として使われていました。
そのため、この現代語訳は単なる意訳ではなく、原文が持つ人物の雰囲気まで含めて表現した自然な訳だと理解できます。

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