古文の敬語は、現代語の感覚だけで考えると混乱しやすい分野です。特に「誰から誰への敬意なのか」「会話文と地の文では誰が敬語を使っているのか」を判断することが重要になります。
この記事では、古文敬語の基本的な考え方から、尊敬語・謙譲語の敬意の向き、地の文での作者の視点まで、入試問題で迷わないための読み方をわかりやすく解説します。
古文敬語で最も大切なのは「敬意の方向」を考えること
古文の敬語問題では、単純に「この単語は尊敬語」「これは謙譲語」と暗記するだけでは十分ではありません。大切なのは、その敬語が誰に対して使われているのかを判断することです。
尊敬語は動作をする人物を高める表現です。そのため、尊敬語が使われている場合は、基本的に動作の主体(誰がその動作をしているか)への敬意を表しています。
一方、謙譲語は動作をする側を低く表現し、その動作の相手や受け手を高める表現です。そのため、謙譲語では動作を受ける人物や相手への敬意になります。
尊敬語は「動作をする人」への敬意
尊敬語を見つけた場合は、「その動作をしている人物は誰か」を確認します。その人物が身分の高い人であれば、その人への敬意を表していると考えます。
例えば「帝、御覧ず」という文章があった場合、「御覧ず」は尊敬語です。この場合、見るという動作をしているのは帝なので、帝への敬意を表しています。
つまり、尊敬語は「誰がその行動をしているか」に注目すると判断しやすくなります。
謙譲語は「動作の相手」への敬意
謙譲語の場合は、動作をしている人物ではなく、その動作の相手を考える必要があります。
例えば「帝に申し上ぐ」という表現では、「申し上ぐ」が謙譲語です。話している人物が帝に対して申し上げるという、自分側の動作を低く表現することで、帝を高めています。
このように謙譲語は「誰がしたか」よりも「誰に対してしたか」を見ることがポイントです。
会話文と地の文では敬語の視点が変わる
古文で特に注意したいのが、会話文と地の文では敬語を使っている人物が異なることです。
会話文の場合は、その発言者が誰に敬意を向けているかを考えます。例えば、身分の低い人物が高貴な人物に話しかけている場合、その人物への敬意として敬語が使われます。
一方、地の文では基本的に作者や語り手の視点から敬意が表現されます。物語の作者が登場人物の中で身分の高い人物を表現する場合、その人物に対して敬語を使うことがあります。
地の文では「作者から登場人物への敬意」と考える
地の文の敬語では、「作者が誰を敬っているのか」を考えることが重要です。特に物語文では、作者が身分の高い人物を描写するときに尊敬語を使うことが多くあります。
例えば、貴族が何かをする場面で「おはします」「のたまふ」などの尊敬語が使われていた場合、それは作者がその貴族を高い存在として扱っていることを示します。
ただし、地の文でも必ず作者からの敬意だけになるとは限らず、文章全体の状況や語り手の立場を確認することが大切です。
古文敬語を解くための具体的な手順
古文の敬語問題では、まず敬語の種類を判断し、その後で敬意の方向を考えると整理しやすくなります。
具体的には、次の順番で確認します。
- 敬語が尊敬語・謙譲語・丁寧語のどれかを判断する
- 誰がその動作をしているか確認する
- 誰に対する敬意なのかを考える
- 会話文なら話し手、地の文なら作者や語り手の視点を見る
例えば「中宮に参り給ふ」という文なら、「参る」は謙譲語なので中宮への敬意、「給ふ」は尊敬語なので動作をしている人物への敬意と分けて考えます。
まとめ
古文敬語では、尊敬語は基本的に動作をする人への敬意、謙譲語は動作の相手への敬意と考えることで整理できます。
また、地の文では作者や語り手の視点が重要になり、誰を高い人物として描いているかを考える必要があります。
敬語単語の暗記だけではなく、「誰が」「誰に対して」「どの立場から」敬意を表しているのかを意識すると、古文の敬語問題は安定して解けるようになります。


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