一休さんの「この橋渡るべからず」の意味とは?「べし」の意味の見分け方を解説

文学、古典

古文でよく登場する「べし」は、意味が複数あるため、どの意味で訳すのか迷いやすい助動詞です。特に一休さんの有名な話「この橋渡るべからず」では、「べから」が何を表しているのかを理解することが重要です。この記事では、文脈から「べし」の意味を判断する方法や、この有名な表現の本当の意味について詳しく解説します。

「この橋渡るべからず」の現代語訳

一休さんのとんち話に登場する「この橋渡るべからず」という言葉は、現代語にすると「この橋を渡ってはいけない」という意味になります。

ここで使われている「べから」は、助動詞「べし」の未然形です。「べし」には、可能・当然・意志・命令・推量・予定など複数の意味がありますが、この文章では「禁止」の意味を表しています。

つまり、「渡るべからず」は「渡るべきではない」ではなく、「渡ってはならない」という禁止表現として使われています。

「べし」の主な意味と見分け方

助動詞「べし」は、古文読解で頻出する重要な助動詞です。代表的な意味には以下のようなものがあります。

意味 判断のポイント
推量 〜だろう、〜と思われる 明日は雨降るべし
意志 話し手の決意 必ず成功すべし
可能 〜できる 読むべし(読むことができる)
当然 〜するのが当然だ 人は努力すべし
命令 〜せよ 急ぐべし
適当 〜するのがよい 休むべし

このように、「べし」だけを見て意味を決めることはできません。前後の内容や主語、場面を考えて判断する必要があります。

「渡るべからず」はなぜ可能ではないのか

「べし」には可能の意味もありますが、「この橋渡るべからず」を「この橋を渡ることができない」と訳すのは不自然です。

理由は、「ず」という打消の助動詞が続いているためです。「渡るべからず」は「渡ることが可能ではない」という意味ではなく、「渡るべきではない」「渡ってはいけない」という禁止の表現になります。

例えば、「ここに入るべからず」という看板を見た場合、「ここに入ることができない」という能力的な意味ではなく、「入ってはいけない」という決まりを表しています。

一休さんのとんちが成立する理由

この話では、橋の前に「この橋渡るべからず」という立て札が置かれていました。普通なら「橋を渡ってはいけない」と解釈して、橋を避けるところです。

しかし一休さんは、「橋の真ん中を渡らなければよい」と考え、橋の端(はし)を歩いて渡りました。「端」と「橋」という言葉の音の違いを利用した、とんちです。

ただし、古文の学習として考える場合は、この言葉遊びよりも「べからず」が禁止を表す表現であることを理解することが大切です。

古文で「べし」の意味を判断するコツ

「べし」の意味を見分けるときは、まず主語に注目しましょう。主語が自分の場合は意志、相手の場合は命令や当然になることが多くあります。

また、「〜ず」「〜まじ」など否定表現と一緒に使われている場合は、禁止や不可能を表すことが多いため、文全体を見ることが重要です。

例えば、「学生は勉強すべし」という文なら「勉強するのが当然だ」という意味になります。一方、「ここに入るべからず」なら「入ってはいけない」という禁止になります。

まとめ|「この橋渡るべからず」の「べから」は禁止の意味

一休さんで有名な「この橋渡るべからず」の「べから」は、助動詞「べし」の未然形で、ここでは禁止の意味を表しています。

「べし」には可能・当然・命令・意志など多くの意味がありますが、単語だけで判断せず、文脈や後ろにつく言葉から考えることが大切です。

古文の問題で「べし」が出てきた場合は、まず誰が何をする場面なのかを確認すると、適切な意味を選びやすくなります。

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