『明月記』建保元年五月九日条の書き下し文と現代語訳

文学、古典

『明月記』の建保元年五月九日条では、当日の天候や出来事、朝廷の動きなどが詳細に記録されています。ここでは「戌時許参院」から「天地震怒」までの部分について、書き下し文と現代語訳を紹介します。

書き下し文

戌時(いぬのとき)許(ばかり)参院(さんいん)に至り、官人共(おんじんとも)参集す。神祇官(じんぎかん)、朝廷の儀式を執行せしむ。忽(たちま)ち天地震怒し、雷鳴轟(とどろ)き、雨霰(あめあられ)降る。

現代語訳

午後七時ごろ、参院に到着すると、役人たちが集まっていました。神祇官は朝廷の儀式を執り行いました。すると突然、天と地が怒ったかのように揺れ、雷が轟き、雨や霰が降ってきました。

解説

この記述は、当日の自然現象と朝廷の動きを同時に記録したもので、天変地異が政治的・神事的な出来事と結び付けられて記録されている例です。特に「天地震怒」は当時の人々にとって神意の表れとして重要視されました。

まとめ

『明月記』は日記形式で朝廷の出来事と天候を詳細に記録しており、建保元年五月九日条では、午後の参院到着から突然の天変地異までが描写されています。書き下し文と現代語訳を読むことで、当時の政治・宗教観と自然観が理解できます。

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