このフレーズは、古典文学や文語体の表現でよく見られる言い回しです。現代語に訳すと少し難解ですが、文脈を理解することでその意味を解きほぐすことができます。質問文に登場する内容を具体的に見ていきながら、解説します。
「さのみ入り立ちてのことを、いかでか知り候はん。」の直訳
「さのみ入り立ちてのことを、いかでか知り候はん。」という表現は、現代語訳すると「そのように深く関わった事柄を、どうして他人が知ることができようか」という意味になります。ここでの「さのみ入り立ちて」は、深く関わり、何かに没頭することを指し、「いかでか知り候はん」は、他者がその状況をどうして知ることができるのか、という疑問を表しています。
この表現は、ある人が非常に個人的で深い体験や心情を持っている場合、その気持ちや状況を外部の人々が理解できないことを強調しています。
前の文脈:「側につかせているような人に心の片鱗を見せて、興醒めだと思われるような振る舞いはあったはならない」
前述の文章「側につかせているような人に心の片鱗を見せて、興醒めだと思われるような振る舞いはあったはならない」は、娘に対しての忠告で、他者に自分の内面的な一面を見せてはいけないという意味合いが込められています。自分の心情や考えを無理に表に出してしまうと、相手が興ざめしてしまい、良くない印象を与える可能性があるため、そのような行動を避けるべきだという警告です。
この文脈では、「心の片鱗を見せる」という行為が、感情や本音を外に出すことを意味しており、それが相手に対して良い印象を与えるものではないという点を指摘しています。
まとめ:この言葉が意味すること
「中々よその人は、さのみ入り立ちてのことを、いかでか知り候はん。」という言葉は、他者が自分の内面を知ることができないことを前提にした表現です。そして、それに続く忠告は、他者に自分の感情を不必要に見せることのリスクを強調しています。つまり、この言葉は「他者に心の動きを見せないようにし、自己表現を過剰にしないように」といった意味を持ちます。


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