越後の妙高にある関山神社の金銅菩薩立像の内箱に「新羅大明神」と墨書されているのはなぜか。その理由について詳しく解説します。
1. 関山神社と金銅菩薩立像の概要
関山神社は、新潟県妙高市に位置する神社で、その金銅菩薩立像は、古代日本における仏教文化の重要な遺物とされています。この像は、渡来系工人によって作られた可能性が高いとされています。
この金銅菩薩立像の内箱には「新羅大明神」と記されており、その意味や背景については長らく議論が続いています。
2. 「新羅大明神」の意味
「新羅大明神」という墨書は、韓国の新羅王朝に関連する神格を表す言葉です。新羅は、日本の古代仏教と深い関わりがあり、仏像や仏教文化が多く伝わった地域としても知られています。
この墨書は、金銅菩薩立像が新羅からの影響を受けたことを示唆していると考えられています。新羅の影響があったため、この像が「新羅大明神」と関連付けられた可能性があります。
3. 久野健の『飛鳥・白鳳仏と渡来系工人』の見解
久野健の著書『飛鳥・白鳳仏と渡来系工人』では、飛鳥時代や白鳳時代における仏像の制作に関する詳細が述べられています。彼は、渡来系工人たちが日本に仏教の技術と文化をもたらしたことを強調しており、その影響が関山神社の金銅菩薩立像にも反映されていると考えています。
「新羅大明神」の墨書も、渡来系工人たちが関与した仏像制作の証拠と捉えることができます。
4. どうして「新羅大明神」が墨書されたのか
「新羅大明神」と書かれている背景には、仏教が新羅を通じて日本に伝わり、特に白鳳仏をはじめとする仏像の制作に新羅の影響があったため、金銅菩薩立像にその名が記されたと考えられます。
また、当時の人々が新羅の神格を重んじ、仏教の儀式や文化に新羅の要素を取り入れたことも一因と考えられます。このような背景が「新羅大明神」と書かれた理由に繋がると解釈できます。
5. まとめ
関山神社の金銅菩薩立像に「新羅大明神」と書かれているのは、渡来系工人や新羅の仏教文化が日本に与えた影響を示す重要な証拠です。久野健の研究によると、仏像制作における新羅の影響が、こうした墨書の背景にあるとされています。
この墨書を通して、古代日本と新羅との密接な関わりが再確認できるのです。
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