昔の子どもたちが遊びながら歌ったまりつき歌には、地域ごとに異なる歌詞や節回しが残されています。「手毬さんはどちらさ行くの 一の丸越えて 二の丸越えて…」という歌もその一つで、茨城県の昔話資料などに記録されています。この記事では、このまりつき歌の歌い方の特徴や、歌詞に込められた意味、地域による違いについて紹介します。
「手毬さんはどちらさ行くの」というまりつき歌とは
この歌は、まりをつきながら一定のリズムで歌う「まりつき歌」の一種です。昔の子どもたちは、単に遊びのためだけではなく、歌に合わせて手や体の動きを覚えたり、友達と遊ぶ中で歌を伝承したりしていました。
歌詞には「一の丸」「二の丸」「三の丸」「井戸」「お城」など、城下町を思わせる言葉が登場します。これは、昔の人々の生活や地域の風景が歌の中に取り込まれているためです。
まりつき歌は文字で記録されることが少なく、口伝えで広まったため、同じ歌でも地域によって節や言葉が違う場合があります。そのため、資料に歌詞だけが残り、実際のメロディーが分からない歌も少なくありません。
記録されている歌詞の内容と意味
紹介されている歌詞は、「手毬さんは どちらさ行くの」「一の丸越えて 二の丸越えて 三の丸お先の 井戸見物は」というように、お城の中を進んでいくような場面が描かれています。
「井戸は丸井戸 釣瓶は黄金 黄金の竿さ 鳶が止まる」という部分では、立派な井戸や黄金の道具など、昔の子どもが想像する華やかな世界が表現されています。
最後の「早く飛ばなきゃ お鷹にさらわれる おらのお城」という表現は、遊び歌らしい空想的な展開であり、子どもたちが物語を楽しみながら歌っていたことが分かります。
実際の歌い方や節回しについて
この歌の正確な旋律については、現在確認できる資料だけでは特定が難しいと考えられます。まりつき歌は楽譜として残されることが少なく、地域の高齢者などから聞き取りによって伝えられることが多かったためです。
一般的なまりつき歌では、1拍ごとにまりをつきながら、一定の音程を繰り返すような単純な旋律で歌われます。例えば「手毬さんは」の部分をゆっくり始め、「一の丸越えて 二の丸越えて」と数えるようにリズムを刻む形式が多く見られます。
地域によっては、歌詞の区切りごとにまりを高くついたり、最後の部分で動きを変えたりする遊び方もありました。同じ歌詞でも、歌う人によって少しずつ違う節になることがあります。
なぜ歌詞だけが残っていて歌い方が分からないのか
昔の子どもの遊び歌は、学校教育で教えられたものではなく、子ども同士の遊びの中で自然に受け継がれてきました。そのため、歌詞を書き留めることはあっても、音の高さやリズムまで記録されないことが多くありました。
また、テレビやゲームなど新しい遊びが広まるにつれて、まりつきそのものをする子どもが減り、地域独自の歌が失われていった背景もあります。
そのため、「昔話研究叢書」などの資料に歌詞が残っていること自体が、当時の子どもの文化を知る貴重な手がかりになっています。
茨城のまりつき歌を後世に伝えるために
このような地域のまりつき歌は、単なる遊び歌ではなく、その土地の歴史や人々の暮らしを伝える民俗資料でもあります。歌詞に登場する「お城」や「井戸」などの言葉から、昔の子どもたちがどのような景色を想像して遊んでいたのかを知ることができます。
もし同じ地域でこの歌を知っている方がいれば、実際に歌ってもらい録音することで、失われつつある旋律を残すことができます。民謡や童歌の保存では、こうした聞き取り調査が重要な役割を果たしています。
また、まりつき歌は完成された作品というより、子どもたちが遊びながら変化させてきた文化です。そのため、唯一の正しい歌い方があるというより、地域ごとの伝承そのものに価値があります。
まとめ
「手毬さんはどちらさ行くの 一の丸越えて 二の丸越えて」という歌は、茨城県に伝わるまりつき歌として記録された貴重な民俗資料です。
現在では正確なメロディーを確認することは難しいですが、まりつき歌の特徴から考えると、まりをつく動きに合わせた規則的なリズムで歌われていたと考えられます。
このような昔の遊び歌は、歌詞だけでなく、地域の記憶や子どもたちの生活文化を伝える大切なものです。もし実際の節回しを知る方がいれば、その記録は貴重な伝承資料になるでしょう。


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