夏目漱石の代表作『吾輩は猫である』には、現在ではあまり使われなくなった独特な言葉や表現が多く登場します。その中でも「機嫌の悪い時はやけにがあがあやる」という一文に出てくる「あがあがやる」は、現代の読者には意味が分かりにくい表現の一つです。この記事では、「あがあがやる」の意味や使われ方、猫の様子をどのように表現しているのかを詳しく解説します。
「あがあがやる」の意味
「あがあがやる」は、猫が大きな声で鳴く様子を表した言葉です。現在の日本語で言えば、「があがあと鳴く」「大声で鳴きわめく」「うるさく鳴く」といった意味になります。
『吾輩は猫である』の文章では、猫である「吾輩」が機嫌の悪い時に、普段よりも大きな声で鳴いている様子を「あがあがやる」と表現しています。
つまり、この部分は「機嫌が悪い時には、猫がいつもより大きな声で不満そうに鳴く」という意味になります。
「あがあが」はどのような鳴き声なのか
「あがあが」は、現代の擬音語でいう「ニャーニャー」や「ギャーギャー」に近い表現です。ただし、可愛らしい猫の鳴き声というよりも、少し不満げで騒がしい鳴き方を表しています。
猫が機嫌の悪い時に、低く大きな声で鳴いたり、相手に文句を言うように鳴いたりする様子を、人間の耳には「あがあが」と聞こえるように表現したものと考えられます。
例えば、餌が欲しいのにすぐもらえない猫や、何か気に入らないことがある猫が、長く大きな声で鳴き続けるような場面を想像すると分かりやすくなります。
「やる」は現在の意味とは違う
ここで注意したいのは、「やる」という言葉の意味です。現代では「何かをする」という意味で使われることが多いですが、この場合は動作を表す補助的な表現として使われています。
「あがあがやる」は、「あがあがという声を出す」「あがあがと鳴く」という意味であり、「何かを誰かに与える」という意味の「やる」ではありません。
明治時代の文章では、このように擬音語や擬態語に「やる」を付けて、ある動作を強調する表現が見られます。
『吾輩は猫である』らしいユーモラスな表現
夏目漱石は、人間の行動や感情を猫の視点から面白く描くために、独特な言葉遣いを多く用いています。「あがあがやる」も、その一つです。
普通なら「猫が大声で鳴く」と書けば済むところを、あえて猫自身が語っているような表現にすることで、猫の個性や人間味のある性格が伝わります。
この作品の面白さは、猫が単なる動物ではなく、人間社会を観察して皮肉を言う存在として描かれている点にあります。「あがあがやる」という表現も、猫が感情を持って不満を表しているように感じさせる効果があります。
明治時代の日本語として読むポイント
『吾輩は猫である』は明治時代に書かれた作品のため、現代日本語とは異なる表現が多くあります。現在では使われない言葉や、意味が変化した言葉も少なくありません。
そのため、読む際には現代の感覚だけで判断せず、当時の表現や文章の雰囲気を考えることが大切です。
「あがあがやる」も辞書的な意味だけを見るより、猫がどのような場面でその声を出しているのかを想像すると、漱石が表現したユーモアをより楽しむことができます。
まとめ
『吾輩は猫である』の「機嫌の悪い時はやけにあがあがやる」という表現の「あがあがやる」とは、猫が大きな声で不満そうに鳴く様子を表した言葉です。
現代語にすると「があがあと鳴く」「大声で鳴きわめく」という意味になり、猫の感情を人間のように表現した夏目漱石らしいユーモラスな表現と言えます。
明治時代の言葉遣いを知ることで、『吾輩は猫である』に込められた猫の個性や作品独特の面白さを、より深く味わうことができます。


コメント