古文読解「世のはばかりなり」の意味とは?「きこえ」が不適切になる理由を解説

文学、古典

古文の選択問題では、単語の意味だけでなく、文章全体の流れや当時の文化的背景を理解することが正解への近道になります。「世のBにもなりぬべきことなれば」という表現では、「はばかり」「きこえ」など似た意味に見える選択肢があり、迷いやすいポイントです。

この記事では、本文の意味を確認しながら、なぜ「はばかり」が適切で、「きこえ」が当てはまらないのかを詳しく解説します。

本文の内容を現代語で確認する

問題の文章では、ある人物が身分の低い女性に恋心を抱き、思い悩んでいる場面が描かれています。

「衛府の蔵人が語った、大宮司の雑色である文正の娘の様子を聞いて以来、どうにも忘れられず、自分でも情けないほど心にかかっている。人を遣わして呼び寄せようともしたが、さすがに雑色の子などを妻のように迎えることは、世間の……になるだろうから、むなしい思いに苦しみ、実現するとも思わない」といった内容です。

ここで重要なのは、主人公が「身分の違う女性を求めることが世間からどう見られるか」を気にしている点です。

「はばかり」の意味と本文への当てはまり

「はばかり」は古文では「遠慮すること」「差し障り」「人目を気にすること」「恐れ慎むこと」という意味で使われます。

本文の「世のはばかりにもなりぬべきことなれば」は、「世間の人々から非難されたり、問題視されたりするようなことになるだろうから」という意味になります。

つまり、主人公は「身分の低い女性を召し寄せれば、世間から批判されるかもしれない」という社会的な不都合を感じています。このため「はばかり」が最も自然に当てはまります。

なぜ「きこえ」では意味が合わないのか

「きこえ」は古文で非常によく出てくる言葉ですが、主な意味は「聞こえる」「評判」「申し上げる」というものです。

例えば、「世の聞こえあり」という表現なら、「世間の評判がある」「世間で噂になっている」という意味になります。

一見すると「世間の評判」という意味があるため、「世のきこえ」でもよさそうに思えます。しかし、この文章では単に評判になることではなく、身分違いの恋によって生じる「差し障り」や「世間への遠慮」を表しています。

「世のきこえ」と「世のはばかり」の違い

「きこえ」と「はばかり」はどちらも世間に関係する言葉ですが、意味の焦点が異なります。

言葉 意味 本文との関係
きこえ 世間の評判、噂 結果として噂になることを表す
はばかり 世間への遠慮、差し障り 行動をためらう理由を表す

本文では「召すべきこと、世のBにもなりぬべきことなれば」とあり、「だからできない」という理由を述べています。

そのため、「世間で噂になる」という結果よりも、「世間を気にしてためらう」という原因を示す「はばかり」の方が適切になります。

古文では前後の因果関係を見ることが重要

古文の選択問題では、単語の基本的な意味だけでなく、その言葉が文章の中でどの役割を果たしているかを見ることが大切です。

今回の場合、「雑色の子を召す」という行動に対して、「世間的に問題になるから避けたい」という流れがあります。そのため、「評判」よりも「ためらい・差し障り」を表す言葉が求められます。

例えば現代語でも、「そんなことをしたら世間の評判になる」と「そんなことをするのは世間的にはばかられる」では、意味の方向が少し違います。前者は噂や評価、後者は行動への抵抗感を表しています。

まとめ|「きこえ」ではなく「はばかり」が正解になる理由

「世のBにもなりぬべきことなれば」のBに入る「はばかり」は、主人公が身分違いの恋をすることで世間から非難されることを恐れ、ためらっている状況に合っています。

一方、「きこえ」は「世間の評判」という意味はありますが、この場面では行動を控える理由としては弱く、文章の流れに合いません。

古文の問題では、似た意味の単語が選択肢に並ぶことがあります。その場合は単語の意味だけで判断せず、誰が何を理由に行動しているのかを確認すると、正しい答えを選びやすくなります。

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