夏目漱石の『吾輩は猫である』には、現代の読者には少し分かりにくい言葉や歴史的な表現が多く登場します。その中でも「後架先生」という呼び名や「平たいらの宗盛むねもりにて候そうろう」という表現は、なぜ突然平宗盛が出てくるのか疑問に感じる場面のひとつです。
この記事では、「後架先生」と呼ばれる理由、平宗盛とはどのような人物なのか、そして漱石がこの表現を使った意図について分かりやすく解説します。
「後架先生」と呼ばれる理由とは
「後架(こうか)」とは、昔の日本語で便所やトイレを意味する言葉です。現在ではほとんど使われませんが、仏教寺院などでも使われた古い表現です。
『吾輩は猫である』の中では、主人である苦沙弥先生が後架、つまり便所の中で謡(うたい)を歌う癖があるため、近所の人々から「後架先生」というあだ名を付けられています。
つまり、「後架先生」という名前は立派な先生という意味ではなく、「いつも便所で歌っている先生」という少しからかいを込めた呼び名です。
平宗盛とはどんな人物なのか
平宗盛(たいらのむねもり)は、平安時代末期の武将で、平清盛の三男です。平氏一門の中心人物として、平清盛の死後に平氏の棟梁(とうりょう)となりました。
ただし、平宗盛は戦国武将ではありません。戦国時代より約400年前の人物で、源平合戦の時代に活躍した武将です。
平宗盛は壇ノ浦の戦いで源氏に敗れ、平氏が滅亡する流れの中で捕らえられました。歴史上では、父の清盛ほどの強い指導力を持たなかった人物として語られることが多いです。
なぜ突然「平宗盛」が出てくるのか
この場面で平宗盛が登場する理由は、苦沙弥先生の歌い方や態度を平宗盛にたとえているためです。
「平宗盛にて候」という言葉は、平宗盛が能や謡曲の世界で表現される人物像と関係しています。特に『平家物語』や能楽では、平家の公達(きんだち)たちが優雅な文化人として描かれることがあります。
苦沙弥先生は、便所の中という場所で謡を歌いながら、自分をまるで昔の貴族や武将のように振る舞っています。その滑稽さを、漱石は平宗盛になぞらえて表現しています。
「平宗盛にて候を繰り返す」の面白さ
「〜にて候(そうろう)」という言い方は、昔の武士や公家が使うような古風な表現です。現代の会話で使えば、非常に大げさで芝居がかった印象になります。
例えば、普通の人が自宅の部屋で歌を歌っているだけなのに、「私は平宗盛でございます」と歴史上の人物になりきっているようなものです。
漱石は、このような大げさな言葉遣いと、実際には便所で歌っているという日常的で少し間の抜けた状況を組み合わせることで、ユーモアを生み出しています。
夏目漱石が描いた苦沙弥先生の人物像
苦沙弥先生は、知識人でありながら、どこか世間離れした人物として描かれています。プライドが高く、自分の世界を大切にしていますが、周囲から見ると少し変わった行動も多い人物です。
後架で謡を歌うという行動も、本人にとっては趣味や楽しみですが、周囲から見ると奇妙に映ります。そのギャップが「後架先生」というあだ名につながっています。
漱石はこうした小さな日常の出来事を通じて、人間の見栄やこだわり、滑稽さを猫の視点から描いています。
まとめ|後架先生と平宗盛は漱石のユーモア表現
『吾輩は猫である』の「後架先生」という呼び名は、苦沙弥先生が便所で謡を歌うことから付けられたあだ名です。
また、平宗盛は戦国武将ではなく、平安時代末期の平氏の武将であり、この場面では苦沙弥先生が古風な人物になりきる様子を面白く表現するために登場しています。
漱石は、日常の何気ない行動に歴史的な人物や古典的な表現を組み合わせることで、独特のユーモアを作り出しています。この背景を知ると、『吾輩は猫である』の面白さをさらに深く味わうことができます。


コメント