古文読解では、「主語が誰なのか」を見抜くことが重要です。特に「ば」が使われる文では、前後の主語一致を利用する読解法を学ぶことが多くあります。
しかし、使役表現「〜せ」「〜させ」が入ると、動作主体と動作をさせられる人物が分かれるため、「受け手Xを誰と考えるべきか」で混乱することがあります。
この記事では、「あるじ聞きつけて、その通ひ路に夜ごとに人を据ゑてまもらせければ」のような古文を例に、使役文における主語判定と受け手Xの考え方を整理して解説します。
「Aば、B」の主語一致ルールとは
古文では、「〜ば」の前後で主語が一致しやすいという性質があります。
特に、順接確定条件の「已然形+ば」では、前件と後件が自然につながるため、同一人物が主語になるケースが多く見られます。
例えば以下のような文です。
「門を開ければ、人入りぬ。」
この場合、「開けた人」と「入った人」が同一人物とは限りませんが、文脈上つながりがある主体を探して読むのが基本です。
そこで重要になるのが、「前件の動作の影響を受ける人物=受け手X」という考え方です。
問題の文を整理するとどうなるか
今回の用例を整理すると、以下のような構造になります。
「あるじ聞きつけて、その通ひ路に夜ごとに人を据ゑてまもらせければ、行けどもえ逢わで帰りけり。」
現代語訳では次の意味になります。
「主人が事情を聞きつけて、その通路に毎夜見張りを置いて警戒させたところ、男は行っても女に会えず帰った。」
ここで問題になるのが、「まもらせ」の受け手Xを誰と考えるべきかです。
使役文では「使役の主体」と「本動詞の主体」を分けて考える
結論から言うと、この場合は「す」を外した本動詞「まもる」の影響関係を重視して考えるのが一般的です。
つまり、文構造は次のようになります。
| 役割 | 人物 |
|---|---|
| 使役主体 | あるじ |
| 実際に見張る人 | 人(見張り役) |
| 見張られる対象 | 男 |
この場合、「まもる」の動作によって行動を制限されるのは男です。
そのため、「行けどもえ逢わで帰りけり」の主語として自然につながるのは「男」となります。
なぜ「人」ではなく「男」が後続主語になるのか
もし受け手Xを「人(見張り役)」と考えると、後続の「行けどもえ逢わで帰りけり」の主語が不自然になります。
見張り役が「行って会えず帰る」という展開にはならないからです。
一方、「男」を受け手と考えると、意味が自然につながります。
「見張られてしまったので、男は行っても会えなかった」
つまり、この場合の読解では「使役される人」ではなく、「本動詞によって制約を受ける人」を軸に考えるほうが整合的です。
使役「す」は補助的に考えるのがポイント
古文の使役表現では、「す」「さす」はあくまで文法的な枠組みであり、読解上は本動詞側の意味が中心になることが多いです。
例えば以下のような文でも同様です。
「門を守らせければ、盗人入らず。」
ここで重要なのは、「守る」という行為によって「盗人」が影響を受ける点です。
そのため、後続文との主語・意味連続性を考える場合、本動詞側の影響対象を見るのが基本になります。
古文読解では「文脈の自然さ」が最優先
古文の主語判定では、機械的にルールだけを当てはめると失敗することがあります。
特に使役・尊敬・受身が絡むと、表面上の主語と実際の行動主体がずれるためです。
そのため、以下の順番で考えると整理しやすくなります。
- 誰が動作しているか
- 誰が影響を受けるか
- 後続文と自然につながるのは誰か
最終的には、「文脈として自然につながるか」がもっとも重要です。
「受け手X」の考え方を整理すると
今回の用例では、受け手Xを単純に「使役される人」と考えるよりも、「本動詞によって結果的に制約を受ける人物」と考えるほうが適切です。
つまり、
- 「まもらす」の直接対象=見張り人
- 「まもる」によって影響を受ける人物=男
という二層構造で理解すると整理しやすくなります。
そして、「行けどもえ逢わで帰りけり」へ自然につながるのは男なので、後続主語も男と判断できます。
まとめ
古文の使役文では、「使役される人」と「本動詞の影響を受ける人」が異なる場合があります。
今回の「まもらせければ」では、見張り役よりも、見張られて自由に行動できなくなった「男」を受け手Xとして考えるほうが、後続文との意味連続性が自然です。
そのため、古文読解では「す」を含めた表面的な構造だけでなく、本動詞が誰にどう影響するかを見ることが重要になります。


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