和泉式部日記の「かたらはばなぐさむこともありやせん」の解釈について

文学、古典

和泉式部の『和泉式部日記』は、彼女の情熱的な恋愛と内面的な葛藤を描いた作品として知られています。その中でも、特に難解とされるのが「かたらはばなぐさむこともありやせん」という表現です。今回は、この表現の意味と訳し方について、詳細に解説します。

「かたらはばなぐさむこともありやせん」の意味とは?

この一文は、一般的には「お話しできたらその心を慰めることができるのに」というニュアンスで解釈されることが多いです。質問者が仰っているように、話の流れと前の二句の文脈を考慮すると、この訳は確かに理にかなっています。しかし、問題は「ありやせん」という部分です。

「ありやせん」の訳し方

「ありやせん」は、古典文学において頻繁に使われる否定の表現です。「ありやせむ」や「ありやせん」といった形は、現代語で言うところの「できるかもしれないが、できない」という意味合いが込められています。このため、訳としては「〜することができないだろう」というニュアンスになります。

解釈の鍵は「やせん」

「やせん」という形は、未来の否定的な意味を含んでおり、言い換えれば「〜しないだろう」という予測的な否定を表現しています。従って、この文全体の意味としては「お話しできたらその心を慰めることができるのに、それができないだろう」というものになるのです。

まとめ:読後感をどう伝えるか

「かたらはばなぐさむこともありやせん」という表現は、単なる否定ではなく、物語の中での深い感情や切なさを強調する役割を果たしています。恋愛の中で感じる焦燥感や届かぬ思いが、この表現を通じて伝わってきます。このように、古典文学における微妙な言い回しや文脈を読み解くことで、より深い理解を得ることができるのです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました