山本憲吉の短歌「雪深く積りし朝は 山かひの川上の瀬に音のしずけさ」における「音のしずけさ」について、書道の手本として受け取った際に「しずけき」ではなく「しずけさ」となっている点に関する質問があります。
「しずけさ」と「しずけき」の違い
「しずけさ」と「しずけき」は、日本語の形容詞の活用に関連しています。「しずけき」は形容詞「しずけし」の連体形であり、名詞を修飾する際に使われます。一方、「しずけさ」は名詞化した形で、状態や様子を表すために使われます。このため、短歌での「しずけさ」は、音が静かな状態を名詞として表現していると言えます。
短歌の文脈と「しずけさ」の意味
この短歌では、雪深い朝の静けさが川上の瀬に響く音と共に描写されています。「音のしずけさ」は、その静けさを表すために名詞化された表現です。ここで「しずけさ」を使うことで、静かな音が広がる感じを強調していると解釈できます。
書道の手本としての解釈
書道の手本として「音のしずけさ」を使う場合、正確な表現は「しずけさ」であり、文脈にも適合しています。もし「しずけき」を使うと、音の静けさを修飾する形容詞となり、短歌の美的な表現としては不自然になる可能性があります。
まとめ
「音のしずけさ」という表現は、山本憲吉が静かな音の状態を名詞的に表現するために使った適切な形です。「しずけき」とするよりも、「しずけさ」の方が文脈にぴったり合い、短歌の意味がより豊かに伝わります。書道においても、この表現をそのまま受け取るのが最も自然な解釈です。


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