古事記の雄略天皇の歌における「我が逃げ登りし」の文法について

文学、古典

古事記の雄略天皇の歌の中に登場する「我が逃げ登りし」という表現について、文法的に間違いではないかという疑問が生じています。この表現は正しくは「我が逃げ登りたる」とするべきだという説もあります。この記事では、この歌の文法に関する疑問とその正しい解釈について詳しく解説します。

古事記の歌の内容と背景

まず、問題となっている歌の一部を紹介しましょう。「やすみすし 我が大君の 遊ばしし 猪の 病み猪の うたき畏み 我が逃げ登りし あり丘の 榛の木の枝」とあります。この歌は、雄略天皇が自らの逃避行の様子を歌ったもので、非常に詩的な表現が使われています。

「我が逃げ登りし」の文法的解釈

「我が逃げ登りし」という表現について、現代日本語で解釈する場合、過去の出来事を表す「たる」や「た」などの助動詞が適切だと考えられます。しかし、古語の中では「し」という助動詞が過去を示す場合があり、特に古事記のような古代文学においては、「し」は過去を強調する意味で使われることもあります。

「し」と「たる」の違い

「し」は動作が完了したことや過去に関する強調を示すため、雄略天皇の歌における使用は文法的に正しい可能性が高いです。一方で「たる」は、状態を表すために使われることが多く、現代語でいう「た」という形に近いですが、文脈によっては両方の表現が使われることもあります。

まとめ

「我が逃げ登りし」という表現は、文法的には古語として正しい使い方であり、過去の出来事を強調するための手段として使われている可能性があります。現代語における「たる」や「た」の形とは微妙に異なるものの、古事記における詩的表現としては自然なものです。

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