「衣着せつる人は、心異になるなりと言ふ」の文法解釈を整理|助動詞「なり」は伝聞か断定か

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古文の文法問題では、助動詞の種類や活用の判断で混乱することが少なくありません。「衣着せつる人は、心異になるなりと言ふ。」という文における「なるなり」の解釈も、その代表的な例です。本記事では、この表現を文法的に丁寧に分解し、複数の説が出やすい理由と、学習上どのように理解するのが妥当かを整理します。

問題となる文と構造の確認

まず対象となる文は「衣着せつる人は、心異になるなりと言ふ。」です。この文では、「なるなり」という連続した形が一見すると二通りに読めるため、解釈が分かれやすくなっています。

文全体は「衣を着せてあげた人は、心が変わるものだ、と言う」という意味で、後半の「と言ふ」によって内容が引用・伝聞されている構造です。

「なる」の活用形の考え方

ここでの「なる」は、ラ変動詞「なる(成る)」で、「変化する」という意味を持っています。この「なる」がどの活用形かが、助動詞「なり」の判別に直結します。

結論から言うと、この場合の「なる」はラ変動詞の終止形と取るのが自然です。理由は、後ろに続く「なり」が伝聞の助動詞として機能しているためです。

助動詞「なり」には二種類ある

古文の助動詞「なり」には、「断定の助動詞」と「伝聞・推定の助動詞」の二種類があります。それぞれ接続が異なる点が重要です。

断定の助動詞「なり」は体言や連体形に接続します。一方、伝聞の助動詞「なり」は動詞の終止形や形容詞の終止形に接続します。この接続の違いが判断の決め手になります。

なぜ「連体形+断定なり」と誤解されやすいのか

「なる」がラ変動詞であることから、「連体形が『なる』になる」と学習した記憶に引きずられ、「なる=連体形」「なり=断定」と考えてしまうケースがあります。

しかし、文脈上この「なり」は「〜だそうだ」という意味合いを持ち、さらに直後に「と言ふ」と続いていることからも、内容を伝聞として述べていると読む方が自然です。

文脈と文法を合わせた最終的な解釈

文法的な接続、意味、文全体の構造を総合すると、「なる」はラ変動詞の終止形、「なり」は伝聞の助動詞と判断するのが妥当です。この解釈は、多くの文法書や学習教材でも採用されています。

実際、「〜になるなりと言ふ」という形は、「〜になるのだそうだと言う」と二重に伝聞・引用を重ねた表現として理解できます。

まとめ

「衣着せつる人は、心異になるなりと言ふ。」における「なるなり」は、「なる=ラ変動詞終止形」「なり=伝聞の助動詞」と解釈するのが、文法的にも文脈的にも最も自然です。古文では活用だけでなく、意味や後続表現まで含めて判断することが、混乱を避ける近道になります。

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