『盛孝章を論ずるの書』の書き下し文と現代語訳の解説

文学、古典

『盛孝章を論ずるの書』に登場する注の文章について、書き下し文と現代語訳を解説します。以下に記載されている文を理解するために、古典文学や漢詩の理解が重要です。特に中国語における表現が含まれているため、その背景や意図を知ることが肝要です。

書き下し文

向曰:孝章好上、故天下談文史之士皆依倚孝章、以發揚美聲。 不期朝夕,言欲將見殺也。 言今孝章有此困厄、若不救之、是無損益之友、而有澆薄之譏。
濟曰:一介、謂單使也。長八寸曰咫。言加短書以言之、則可不假多。
向曰:可致、可至。弘、大。
言護議孝章得失也。
而駿馬死矣、此人以五百金市骨而還、君大怒其臣妄費金也。其人曰:「且駿馬之骨君猶市之、天下必知君之好馬、後必有馬自至者。」後一年果至。此則非欲聘道里、蓋欲以招遠近之駿足也。言孝章縱非賢良、可收天下名望以救之、必知公好賢、賢人必至而用之。
昭王曰:「臣聞古之人君有市千里馬者、三年而不得。於是遣使者齋千金之貨、將市於他國。未至、而千里之馬已死。使者乃以五百金買死馬之骨以歸、其君大怒曰:「所求者本不市死馬、何故損金市死馬乎?」將誅之、使者對曰:『死馬尚市之、況生者乎?天下必知君之好也、馬將至矣。」於是持年而千里馬至者三焉。言漢室危亂、宗社將絕、公能匡正、復其帝位而繼之。繼之之術、實須得賢人,而共佐成之。
珠玉遠在深山廣海、且無足而至者、時君好之故也。況賢人者有足、而君王好之、而不來者乎?

現代語訳

向が言った。「孝章は非常に素晴らしいので、天下の文士たちは皆、孝章に頼り、その美声を広めようとしている。だが、予想もしないことに、彼は今、死の瀬戸際にある。もし彼を救わなければ、友として何の利益もなく、また薄情だとの非難を受けるだろう。」
濟が言った。「一介とは、単独で使者を務める者を指し、長さ八寸のものを咫(ちっさ)と言う。言い換えると、簡潔に表現できれば、それほど多くの言葉を使わずに済むという意味です。」
向が言った。「君が言うことには、誠にその通りだ。君の論は広く、大きな意味を持っている。」
さらに言う。「孝章の得失を守り議論することが重要である。」
「そして、駿馬が死んだ。だが、この人は500金でその骨を買って帰ってきた。君主はその無駄な金の使い方に激怒した。だがその人は言った、『君が駿馬の骨を買うことで、天下の人々が君の馬好きであることを知り、後には良い馬が自ずと手に入るだろう。』そして1年後、見事にその馬が手に入った。これは道を求めるためではなく、遠近の優れた馬を集めるためであった。」
「言わば、孝章は賢明か否かは問わず、天下の名望を集めることができ、それによって救われるべきである。公は賢人を愛し、賢人は必ず集まってくるだろう。」

まとめ

『盛孝章を論ずるの書』におけるこの部分は、孝章の賢さを讃え、その名声が多くの人々を引き寄せる力を持っていることを示しています。また、賢人を招くためにはその人物の魅力と社会的地位が大きく影響することを教えている部分でもあります。これを現代に当てはめると、個人の力が集団を動かすこと、そして名声や信頼が重要であることを改めて感じることができます。

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