「十八史略」の「先従隗始」の部分に関して、「燕人立太子平為君。是為昭王。」という文を取り上げると、「是」を「これを」と読むべきかという疑問が生じます。教科書では「これを」と訓読することが一般的ですが、この解釈について詳しく解説します。
「是」を「これを」と訓読する理由
「燕人立太子平為君。是為昭王。」の文脈では、「是」を「これを」と訓読することが多いですが、実際に語順としては「為是昭王」ではなく「是為昭王」となっています。ここで「是」は指示語として機能し、「これを」という意味になりますが、文法的には目的語としての「これ」を強調するために、通常の語順とは異なる形が使われています。
このような語順の変更は古典文学でよく見られるもので、目的語が動詞の前に来ることで、その行為の重要性や強調が表現されることがあります。したがって、「これを」のように訓読することで、文全体の意味が強調され、意味の流れがより明確になります。
「是」の文法的役割とその解釈
「是」の文法的な役割は、指示代名詞です。この「是」は、前の文脈から何かを指し示す役割を担い、名詞的な働きもしています。「是」を「これ」と読むことによって、その前の内容や事柄に対して、特定の物事を指し示していることが明示されます。
したがって、文脈に基づき「是」を「これを」と読むことは、文法的に自然であり、読者にとっても理解しやすいものとなります。「これを」を使うことで、その前の行動や状況を具体的に指し示し、文全体の流れを効果的に理解させる役割が果たされています。
「先従隗始」の文脈とその意味
「先従隗始」の言葉自体が、古典的な意味として「初めに隗を従えよ」という指示を含んでいます。これは、指導者が最初に行うべきは自分の身近な者から始めるべきだという教えです。したがって、「是為昭王」の「是」が指し示す「これ」は、隗の行動、すなわち最初に示された事柄に対しての結果であり、昭王の即位という重要な出来事に結びついています。
このように、「是」を「これを」と訓読することで、具体的にどの事柄が昭王の即位に繋がるかが明確に示され、文の意味が深まります。
まとめ
「先従隗始」の「是」は、文脈に応じて「これを」と訓読することが正当であり、文法的にも適切な解釈です。目的語として「これ」を強調するために語順が変更されることがある古典文学の特徴に沿った表現です。このように、古典文学を理解する上での文法的な背景を知ることが、より深い理解を助けます。


コメント