夏目漱石「こころ」の中での先生の墓参りに関する矛盾の解釈

文学、古典

夏目漱石の小説「こころ」に登場する「先生」との関係で描かれる墓参りのシーンについて、多くの読者が疑問に思う部分があります。特に、先生が「妻とKの墓参りに行ったことがない」と言う一方で、後にその墓を訪れる描写がある点です。この記事では、この矛盾した描写について深く掘り下げ、その背景にある心理やストーリーの意図を考察します。

「こころ」の墓参りシーンの背景

物語の中で「先生」は、ある理由でKとその妻の墓参りに行くことを避けています。「私はあなたに話すことのできないある理由があって、他と一緒に墓参りには行きたくない」と述べ、さらに「自分の妻さえまだつれて行った事がない」と語ります。しかし、物語の後半では、実際に妻とともにKの墓を訪れ、「私はそれ以後決して妻と一緒にKの墓参りをしないことにしました」と記されています。

これらの記述は一見すると矛盾しているように見えますが、漱石の意図や「先生」の心情を読み解く手がかりとなります。

先生の心情と墓参りの意味

「先生」が最初に述べた「妻とKの墓参りに行ったことがない」という言葉には、非常に深い意味が込められています。ここでは、「先生」が自らの過去に対する否定的な感情や、心の中で解決できていない問題を抱えていることが示唆されています。Kとの関係、そして妻との複雑な感情が影響している可能性があります。

後の墓参りの描写では、先生がこの行動を通じて妻との関係や自らの心の整理を試みていることが伺えます。Kとの過去を断ち切ろうとする気持ちや、妻との関係を新たに築こうとする意図が隠されているのです。

なぜ先生は墓参りに行ったのか?

先生が墓参りに行く決断をした理由について考えると、それは彼の心情の変化を象徴しているといえます。物語の中で「先生」は、Kと妻の関係に対して大きな葛藤を抱えており、その感情が積もり積もっていた結果として墓参りという行動に出た可能性があります。妻と一緒にKの墓を訪れたことは、過去を受け入れようとする試みであり、それが先生にとってどれほどの精神的負担だったのかは計り知れません。

「私はそれ以後決して妻と一緒にKの墓参りをしないことにしました」という言葉には、過去と向き合った後の決意が込められており、心の整理がついたことを示唆しています。

まとめ

「こころ」の中での墓参りシーンは、単なる物理的な行動以上の意味を持っています。先生が最初に言った「妻とKの墓参りをしたことがない」という言葉と、その後の墓参りの描写には深い心情の変化が表れています。これは漱石が描く人間の内面、特に過去の傷や葛藤と向き合わせる過程を表現していると考えられます。墓参りという行動を通じて、先生は自分の過去と向き合い、心の整理を試みたのです。

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