中国の後漢時代の水軍と楼船について、特に北方の水軍基地やその役割について解説します。
楼船とは何か
楼船は、後漢時代に使用された特殊な船で、軍事や交通などに使われました。特に江淮や北方の地域で重要な役割を果たしました。『後漢書』には、これらの船の存在が記録されています。
「十層赤楼帛兰船」の意味
『後漢書・公孫述伝』に記載されている「十層赤楼帛兰船」とは、非常に高層の楼船を指しており、その形状や構造から非常に特異な船であったことがわかります。
楼船の基地とその役割
楼船は、主に郡国兵として使われ、その多くは外郡を拠点にしていました。江南地域では、豫章や会稽などの地域に基地が存在しましたが、北方でも水軍基地が存在していました。
博昌とその役割
博昌(現在の山东省博兴県)は、北方における重要な水軍基地であり、ここから楼船が朝鮮半島への遠征に出発しました。博昌は、当時の北方における主要な口岸の一つであり、魚塩などの物資が集まる場所でもありました。
まとめ
後漢時代の水軍と楼船は、重要な軍事的役割を担っており、その歴史を理解することは、中国古代の軍事や交通に対する理解を深めるうえで重要です。


コメント