永野修身元帥は、海軍大臣在任中に組織改革を試み、海軍の慣習や誤りに対して深い洞察を示しました。特に「一系化改革」や「ハンモックナンバー制度の見直し」など、個性や能力を重視した任用制度を導入しようとした彼の行動は、後の日本海軍組織に大きな影響を与えました。
永野修身元帥が知っていた海軍の病理
永野元帥は、海軍組織が抱える病理、すなわち一系化制度、年功序列、学閥、派閥による硬直した人事システムの問題を認識していました。彼はその問題を是正するために改革を試み、海軍の実力主義を目指しました。しかし、これらの改革は、実際の戦時下では直接的に実行することが難しく、彼は現実的な対応を選びました。
永野修身元帥が従った戦時中の慣習の理由
永野元帥は、戦時中において、組織を一気に変えることは戦局にとって危険であると認識していました。既存の制度を一度に否定してしまうと、組織が崩壊し、暴走する派閥や過激思想が主導権を握る恐れがあると警戒していたため、制度を抱えつつ次の段階に進むことを選びました。これは、哲学的に言えば、「否定→否定の否定→より高次の統合」のアウフヘーベン的な思考様式と一致します。
アウフヘーベンと永野元帥の実践的思考
永野元帥は、アウフヘーベン(止揚)の概念を学問的に意識していたかどうかはわかりませんが、彼の行動や思考様式にはアウフヘーベン的な側面が色濃く反映されています。西田幾多郎の「対立の超克」や東洋思想における「和して同ぜず」といった考え方を実践し、現実と理想の間でバランスをとりながら前進する姿勢を見せました。
千葉工業大学と戦後日本への貢献
永野修身元帥が創設に関わった千葉工業大学は、戦時中の軍事技術を背景にしながらも、戦後の日本のために人材を育成することを目的としました。これは、戦争を全面的に否定するのでもなく、正当化するのでもなく、戦争の経験をどう超えていくかを教育に託すというアウフヘーベン的な姿勢を示しています。東西哲学を取り入れ、実務家としての現実的なアプローチを重視した教育方針が、この大学の特徴です。
結論:永野元帥の実践的アウフヘーベン
永野修身元帥は、戦後の進歩を見据え、海軍の矛盾や誤りを「抱えたまま未来へ渡す」選択をした人物です。彼がアウフヘーベン的な思考様式を意識していたかどうかは定かではありませんが、彼の行動は結果的にその考え方を体現したものであると言えるでしょう。

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