夏目漱石『こころ』に見る「口」という表現と母の心情

文学、古典

夏目漱石の小説『こころ』における「口」という表現や登場人物の心情に関して、様々な解釈ができる部分があります。特に「母はまた母で先生の返事の来るのを苦にしていた」という表現と、その後の「まだ手紙は来ないかい」といった部分についての解釈について考えてみましょう。

1. 「苦にしていた」と「気にしていた」の違い

『こころ』に登場する母親の表現について、「苦にしていた」と「気にしていた」の違いが疑問視されることがあります。実際、「苦にしていた」と書かれた部分から、母親が精神的に負担を感じている様子が伝わります。一方で、後の「まだ手紙は来ないかい」とのやり取りからは、母親が単に心配しているだけで、必ずしも精神的な負担を感じているわけではないとも解釈できます。この違いをどう捉えるかは、登場人物の心理を理解する上で重要なポイントとなります。

2. 「口」の意味とその背景

また、質問の中で言及されている「口」という表現ですが、これは明治時代の言葉遣いで「働き口」や「仕事」を指す言葉として使われていました。この時代の日本語では、「口」という単語が単なる顔の一部を意味するだけでなく、仕事や生計を立てるための手段として広く使われていたのです。そのため、「働き口」や「仕事の口」という表現は当時の日常的な言葉でした。

3. 先生の手紙に対する母親の態度

母親が先生からの手紙を待つ姿勢についてですが、彼女が先生からの返事を待つことに対して苦しんでいるのか、単に心配しているだけなのかは解釈が分かれるところです。母親の心情を深く考えると、手紙が来ないことで心の中で不安や焦りを感じている様子が見て取れます。それでも、母親が求めるものはあくまでも安定した仕事の提供であり、先生からの返事がその安定をもたらすものだと考えているのかもしれません。

4. 当時の社会的背景と母親の立場

『こころ』が書かれた時代は、仕事や経済的安定が生活の中で非常に重要なテーマでした。母親が仕事を得るために「口」を探し、先生に手紙を依頼するというのは、彼女が社会的に安定し、家庭を支えるための手段として非常に現実的な行動だったと言えるでしょう。

まとめ

夏目漱石の『こころ』では、母親の心情や言葉遣いに含まれる意味が深く、当時の日本社会における生活や価値観が反映されています。「口」という表現や、母親が先生からの返事を待つ姿勢は、彼女がいかに社会的安定を求めていたかを物語っています。このような細やかな表現から、漱石の作品に込められた時代背景や登場人物の心情を読み解くことができます。

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