「笈一挺給はりて、探し見申し候はん」という古文の文について現代語訳を求められる場面があります。特に、解答欄で「笈一挺をいただき、〜」と表現された部分に関して、謙譲語の使い方に疑問を持つ方も多いようです。この記事では、この文の現代語訳を行うとともに、謙譲語の使い方についても詳しく解説します。
「笈一挺給はりて、探し見申し候はん」の現代語訳
「笈一挺給はりて、探し見申し候はん」の現代語訳は「笈一挺をいただき、探して見ております」という意味になります。具体的には、「給はりて(いただき)」の部分は、動詞「給ふ(与える)」の尊敬語の形で、相手から何かを受け取るという謙譲の表現です。
「探し見申し候はん」の部分も、「申し候はん(申し上げております)」という謙譲語の表現が使われており、目上の人に対して自分の行動を低めて表現しています。これを現代語で表すと、「探して見ております」という意味になります。
謙譲語「給ふ」の使い方
謙譲語「給ふ(たまふ)」は、古典文学や文書でよく使われる言葉です。現代語における謙譲語とは異なり、使い方には一定のルールがあります。「給ふ」は、相手から何かを受け取る際に使うもので、通常は自分の行為に対して使うのではなく、相手の行為を敬う意味合いを含みます。
この文で使われている「給はりて」という部分では、相手からの行為(笈一挺を与える)を謙譲語で表現しており、「いただき」という意味になります。したがって、「くださり、〜」という表現ではなく、「いただき、〜」という形が適切です。
「くださり」と「いただき」の違い
「くださり」と「いただき」は、どちらも「与えてもらう」という意味を持ちますが、使う文脈が異なります。「いただき」は、自分が何かをもらう立場で使う謙譲語です。一方、「くださり」は、相手が行う行為を尊敬する意味で使います。
このため、「笈一挺をいただき、〜」という表現の方が適切であり、同じ意味を持つ「くださり」という表現は謙譲語として誤った使い方となります。
まとめ
「笈一挺給はりて、探し見申し候はん」という文の現代語訳は「笈一挺をいただき、探して見ております」となり、謙譲語の「給ふ」は相手からの行為を謙譲して表現するため、「いただき」という表現が適切です。「くださり」という表現を使うことは、相手に対する敬意を適切に表現するためには避けるべきです。


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