高校古典文法では、助動詞「なり」が二種類存在することはよく知られています。一つは「断定」のなり、もう一つは「推定・伝聞」のなりです。しかし、例えば「ざるなり(ざなり)」のような形で現れる場合に、どうして「推定・伝聞」として解釈されるのか疑問に思う方も多いでしょう。この記事では、その理由を文法的な背景からわかりやすく解説します。
「なり」には二種類ある
まず基本として、助動詞「なり」には次の二種類が存在します。
- 断定の「なり」:連体形に接続。「〜である」という意味。
- 伝聞・推定の「なり」:終止形(ラ変型は連体形)に接続。「〜だそうだ」「〜らしい」という意味。
この二つは同じ形をとるため、文脈と接続を正しく見極めることが重要です。
「ざるなり」の場合の接続関係
「ざる」は「ず」の連体形で、否定を表します。本来であれば、断定の「なり」は連体形に接続するので「ざるなり」を断定と解釈できそうに思えます。しかし、実際には「伝聞・推定」の「なり」として解釈するのが正しいとされます。
なぜかというと、「ず」には二種類の活用形があり、そのうち「ざり(ず+あり)」の系列はラ変型の「あり」を含んでいます。この系列では、連体形が実質的に終止形と同じ働きを持つため、推定・伝聞の「なり」に接続できると理解されるのです。
「ず」の形の違いと解釈のポイント
否定の助動詞「ず」には二系統の活用があります。
- 「ず、ざら、ざり、ざる…」という形(ありを含む)
- 「ず、ぬ、ね…」という形(純粋な未然・連用・終止の系列)
「ざる」は前者に属し、この場合は「ず+あり」と考えられるため、ラ変型に準じて扱われます。ラ変型の終止形は連体形と同じ形になるため、推定・伝聞の「なり」が接続可能になる、というわけです。
「べし」「まし」など他の助動詞との比較
質問にもある「まし」「まほし」「たし」「まじ」「べし」などは、基本的に連体形に接続する場合が多いですが、それぞれの文法的な由来は異なります。これらは「ず+あり」のようにラ変由来の構造を持つわけではないため、同じように解釈されるわけではありません。
ただし、古典文法全体として「ラ変は終止形と連体形が同形である」という特殊性を理解しておくことは、推定・伝聞の「なり」を見分ける際に役立ちます。
具体例で確認
たとえば、「人の来ざるなり」(人が来ないそうだ)という文を考えてみましょう。この「なり」は「断定」ではなく「伝聞・推定」と解釈するのが自然です。なぜなら、「ざる」が「ず+あり」の系列に由来しているため、ラ変型と同様に「なり」が接続できるからです。
一方で、「これは人なり」(これは人である)といった文では、連体形「人」に接続しており、断定の「なり」と判断されます。
まとめ
「ざるなり」が「推定・伝聞」の意味になるのは、「ざる」が「ず+あり」の系列であり、ラ変型と同様に扱われるためです。したがって「なり」は断定ではなく推定・伝聞として解釈されます。他の助動詞「べし」「まし」などはこの構造には当てはまらないため、同じ考え方をそのまま適用するのは適切ではありません。古典文法では、接続と活用の背景を理解することが解釈の鍵になります。


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